第630話 魔術大会ですが何か?

 学内魔術大会は、朝から生徒達による学園長に対する非難の嵐で、迎えることになった。


 それは開会式で起こり、観戦に来ていた宮廷魔法士団関係者や貴族、さらには王家代表として現在王位継承権第三位であるオサナ第四王子が側近を連れて視察に来ていたから、チューリッツ学園長は恥をかくことになる。


「静かに! 静かにしなさい! 今日は王家の方も来られているのですよ!」


 チューリッツ学園長は、自分の挨拶の段で生徒からの非難が急に始まったので、控えめに叱責していた。


 だが、生徒達から、


「安全の保障もできずにミナトミュラー君達を出場させるなんて正気か!」


「剣術大会と同じことをして大会を台無しにする気ならこの大会を辞めてください!」


「僕達が死んだらどう責任を取るんだよ!」


 などと声が上がる。


 これには王家代表として訪れているオサナ第四王子も八歳という年齢ながら、異様な雰囲気について側近に原因を聞く。


「──確かエリザベス姉上がおっしゃっていたとても優秀な貴族、だったよね? 指摘の通り宮廷魔法士団の結界魔法でも防げないなら、学園長はそれに対しどんな対策を取っているの?」


 しっかりした口調で、オサナ第四王子は試合の説明の為に同行していた宮廷魔法士団の隊長に聞く。


「私共も、ミナトミュラー男爵、リーン殿の魔法の威力に対して既存の結界魔法では安全面を保障できない、と忠告したのですが、こちらでも対策を取っているの一点張りでして……。その対策について聞いたら、会場の破壊や、対戦相手を負傷させた者については対象者を処分する、ということらしいです。これを聞いて私どもも呆れました。つまり、会場破壊、死傷者が出ることが前提での策なわけですから……」


 宮廷魔法士団の隊長は、この理知的な王子の的確な質問に感心して本音を打ち明けた。


「……そんないい加減な対策でいいの? もしその死傷者が出場者の一人であるエリザベス姉上だった場合、学園長はどう責任を取るのだろう? 関係者一同、死罪もあり得るのに……。それを彼に聞いてきてくれるかな?」


 学園長の演説が非難の声にかき消される中、オサナ王子はそう側近の一人に告げる。


 側近はすぐに特別観覧席から学園長の下に移動すると、そのことを伝えた。


 当然ながら、非難の嵐の中、その声も聞き取れないので、音遮断魔法で一時的に周囲の音を遮断して再度伝える。


「!」


 これには学園長も言葉を失った。


 前回散々非難されたことで、今回は対戦表も弄らず、シード権も無し。


 全てくじ引きで事前に出場者には引いてもらい、それを元に今、対戦表を用意しているところである。


 もし、初戦でミナトミュラー男爵とエリザベス王女が対戦し、万が一のことがあったら? いや、そうでなくても、二回戦、三回戦、どこで当たるかもわからない。それに、宮廷魔法士団の言う通り、ミナトミュラー男爵の魔法威力が本当に想像を超えるものであったなら?


 チューリッツ学園長は、オサナ王子の指摘により、完璧と思っていた規則に穴があることに、気づかされた。


 これが他の者なら聞く耳を持たなかっただろうが、相手はまだ、幼いとはいえ王家の王子であったので、聞く耳を持つことができたのである。


「そ、それは……」


 チューリッツ学園長は、言葉を詰まらせた。


 可能性として、王国が誇る宮廷魔法士団の結界を破れるほどの生徒がいるとは思っていない。


 みんな大袈裟に捉え過ぎだと思っていたから、王族からその指摘をされると反論できないのであった。


「学園長、あなたは前回の魔術大会におけるミナトミュラー男爵とリーン殿の模範演技を観ていないから安易に考えているのでしょうが、私も宮廷魔法士団の者達も実際にその光景を目の当たりにしています。このまま、対策をしないままやれば必ず大惨事になりますよ」


 王子の言葉を伝えに来た宮廷魔法士団関係者は、真剣な表情でそう伝える。


「……失礼しました。問題のありそうなその二人をこの場に呼んで確認しましょう」


 学園長はそう答えることしかできないのであった。



 リューとリーンは開会式が有耶無耶になって、この後どうなるのかわからず、会場でみんなと立ち話をしていたが、音声増幅魔法で自分達の名前を呼ばれたので、急いで学園長の下に向かった。


「君達の使用する魔法の威力が、我が国が誇る宮廷魔法士団の張った結界を破るのではないかという心配がなされているのだが、そんなことはありえないだろう?」


 学園長は否定させる為に誘導するような物言いでリュー達に質問した。


 リューはリーンと目を合わせると、


「今、会場に張られている結界と用意された魔導具のことを言っているのであれば、破れると思います」


 はっきりと学園長の願いを無視して事実のみを答えた。


「ば、馬鹿な!?」


 学園長が思わず、そう口にする。


「学園長、我々はもしもの為に準備をしていますが、前回同様、彼らには模範演技をしてもらい、自身の目で確認することをお勧めします」


 宮廷魔法士団の関係者はそう進言した。


「……! ──わ、わかりました……。予定時間を少々越える事になりますが、念の為、模範演技という形で二人にはその強力な魔法とやらを見せてもらいましょう」


 学園長は負け惜しみに近いような言い方でそう応じると、会場の一面をすぐに空けさせ、リューとリーンの模範演技を行わせるのであった。



 ドゴーン!


 ゴゴゴゴ……!


 ズバン!


 一度、取りやめになっていたリューとリーンの模範演技が行われることになったのだが、それは前回以上の威力とスケールで行われた。


 リューは土魔法を中心に行い、リーンは風魔法を駆使して舞台一面を破壊し尽くす。


 当然ながら、周囲の結界はあっという間に破られた。


 これには学園長と教頭も初めて見るレベルの魔法に、愕然として言葉を失う。


「ご理解いただけましたか、お二人とも。彼らがこの国の未来を担う若者達の実力です。教育の仕方を間違って、その彼らの道をたがえさせないようにお願いしますよ」


 宮廷魔法士団の関係者が、学園長と教頭に強い口調で警告する。


「……わ、わかりました……!」


 その実力を目の当たりにして、さすがの学園長と教頭も驚いた表情のまま何度も頷く。


「……やれやれ。試合前にまた、会場の修復と結界の張り直しだな……」


 宮廷魔法士団の関係者は大袈裟に嘆息するのであったが、その次の瞬間である。


 会場全体が何者かによる魔法で結界が張り直された。


 それもこれまでに感じたことがない程の強力な結界魔法である。


 さらに、ほとんど吹き飛んでしまった舞台の一面が、あっという間に修復されていく。


 これには、宮廷魔法士団関係者のみならず、その場にいたリューやリーンも驚いた。


 そう、リューやリーンの仕業ではないのだ。


 二人は周囲を見渡し、それらしい魔法を使用している人物を探すが、見つける前に会場は修復されてしまったのである。


「「これは一体誰の仕業なんだろう……?」」


 リューとリーンは会場に張られたこれまで見たことがない強力な結界魔法を見渡しながら、茫然とするのであった。

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