第629話 急遽の変更ですが何か?

 バンスカーへの大打撃を与える為、リューはミナトミュラー家総出でのはかりごとを進めている。


 ランスキーが第一の仕込みを終了したことは報告済みだが、それだけではバンスカーも大きく動いてくるかは怪しいので、さらに第二、第三の仕込みをしていくことになっている。


 その策としてまず、バンスカーを調べる謎の組織の存在を匂わせ、それが事実であることを近衛騎士団の情報網から確認させること。


 これはすでに終えている。


 続いてその組織をどこに用意するのか?


 昨日今日、突然現れ、それが裏社会でも実態が掴みきれていない程、巨大な組織『屍』を急に調べている、というのは説得力がない。


 だから、リューはランスキーに候補を挙げさせ、ノストラとマルコに都合の良さそうな組織を吟味させている。


 候補は東西南北の裏社会の実在する組織ならどこでもいい。


 あとはバンスカーの組織と衝突させるというだけの話である。


 候補に選ばれた組織はたまったものではないが、それは裏社会という場所で名を馳せる程大きくなってしまったことを後悔してもらうしかない。


 バンスカーにはその組織と潰し合いをしてもらう予定だが、当然勝利するだろう。


 だが、騒ぎが大きければ大きい程、『屍』の全容が見えてくるというものだ。


 リューはそれを察してバンスカーの動きを観察し、舞台外から急に現れそれを叩き潰す、という作戦である。


 これはほぼ『闇組織』を潰した時の作戦に似ているのだが、これが一番、被害を抑えつつ最大の成果を上げるのに適しているのだ。


 さらに、今回は気づかれた場合に備えて、二重三重に準備をしている。


 これは、ほぼ、無駄になる準備だと思うが相手が謎の多いバンスカー率いる『屍』なので用心に越したことはないだろう。


 ただし、準備には費用というものがあるので、その辺りがリューを悩ませるところであるが、その計算はマルコとノストラに丸投げすることにした。


「若、ずるいぞ!」


 と押しつけられたノストラは愚痴っていたが、マルコは竜星組、ノストラはミナトミュラー商会の責任者である。


 両方の裏金の管理も任せている二人なので、リューが計算するよりよっぽどいいはずだ。


 というのが、リューが押し付けた理由である。


 そして、ランスキーは舞台の用意を始めていた。


 それは諸々の作戦が順調だった場合の決戦場所である。


 これもお金がかかるし、一番被害が出ることになるだろうから、当然、マイスタの街はありえないし、できれば竜星組の縄張り以外が好ましいところだ。


 それも踏まえてランスキーに探させているのであった。


 全体の作戦はリューが描き、細かい部分はノストラとマルコが、準備はランスキーとルチーナが行っている。


 当然ながら、騒がしくは動けないので、準備は特に慎重で何かにつけて偽装して行うという大変さだ。


 特に、偽装を疑われてそこから辿られる危険性もあるので、人を動かすだけでも幽霊商会や第三者の商会を動かす念の入れようである。


 それくらいしないとバンスカーを罠に嵌めるのは難しいだろうとリューは考えているのであった。



 そんな連日の準備の中、リューとリーン、警護役のスードは学園で魔術大会が待っている。


 とは言っても、リューとリーンは模範演技。


 スードは出場できないので会場の設営の手伝い程度ではあったのだが。


 そして、魔術大会前日の学校。


 リュー達は、授業終了間際の教室で担任のビョード・スルンジャー先生に驚くような宣告を受けていた。


「「え? 出場?」」


 リューとリーンは思わず声を揃えて担任に聞き返していた。


「はい……。チューリッツ学園長の方針で、お二人の特別扱いは好ましくないという提案がなされまして……。ミナトミュラー君とリーンさんには模範演技ではなく大会へ出場させるのが望ましいということになりました」


 スルンジャー先生は申し訳なさそうにそう答える。


「先生。リュー君とリーンさんが模範演技のみになったのは、二人の魔法が防御結界や魔法を中和する魔導具などで防げる範囲を遥かに超える威力であり、会場の破壊や対戦相手の怪我を恐れてのことだった思うのですが、その対策はどうするのですか?」


 イバルが挙手すると、当然出てくる問題について疑問を呈した。


「……それなのですが、チューリッツ学園長もコブトール教頭先生も宮廷魔法士団の結界や魔導具に全幅の信頼を寄せており、そんな危険はないだろう、の一点張りでして……。万が一そんなことが起きるとすれば、それは、二人が何かズルをした時以外には起こりえないという結論を出されました」


「ズルって……」


 これにはリューも苦笑する以外にない。


「先生。でも、実際、リューとリーンの魔法威力は防御結界を破り、魔導具も破壊するから会場は壊れるし、対戦する生徒も怪我をする恐れがあるのは先生もわかっていますよね?」


 今度は、ナジンが挙手をして指摘する。


「もちろん、先生もそのことは他の先生と共に報告しました。ですが……、『もし、会場を破壊したら違反行為があったとして処分。選手を怪我させたら同じく違反で処分にすればいいことです』と押し通されました……」


 スルンジャー先生は申し訳なさそうに答える。


 そして続ける。


「そういうことで、ミナトミュラー君とリーンさんには魔法威力をできるだけ抑えて頂き、安全な範囲で出場して頂きたいのです。無茶を承知でお願いしますが、よろしいですか?」


 スルンジャー先生は本当に申し訳なさそうに二人にお願いする。


「……わかりました。僕とリーンは当日、魔法威力を抑えることに集中してみます」


 リューは、何か言いたそうなリーンを宥めながら、担任を困らせないように素直に応じる。


「本当にすみません。もしもの場合には私達も備えていますが、抑え目でお願いします」


 スルンジャー先生が二人に頭を下げたところで授業終了のチャイムが鳴り、この日の授業は終了となった。


「先生も大変だよな。上から無茶を言われ、生徒に頭を下げないといけないんだから」


 ランスがスルンジャー先生に同情する。


「本当だよね。僕も申し訳なくて承諾しちゃったよ」


 リューはランスに同意しながら苦笑した。


「でも、会場破壊、相手の負傷はどちらも私達の処分になるのはおかしくない?」


 リーンが不満を漏らす。


「そこは僕も思ったけど、学園長的には『特別扱いはしない!』『違反は許さない!』という姿勢みたいだね。確かに特別扱いは良くないし、違反があるのならそれはいけないことだけど、安全確保は運営側の義務なんだけどなぁ」


 リューは生徒任せで公正公平を掲げる学園長の姿勢に呆れるのであった。

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