第627話 少ない情報ですが何か?
学園で来週の魔術大会についてみんなが火花を散らした日の放課後。
リューはすぐにリーンとスード、そしてイバルも含めてマイスタの街に向かった。
行先は、竜星組本部の地下である。
そこで、バンスカーの影武者であった男の身元を部下達が調べていたからだ。
その場には、忙しいはずの大幹部ランスキーやマルコ、ルチーナ、ノストラの姿まである。
つまり、大幹部全員が集合していた。
どうやら、エラインダー公爵の裏を一手に仕切るバンスカーに結び付く情報が得られるかもしれないということで、急遽集まったようである。
「……それで、みんなの渋い顔を見る限り、あまり良い情報はなかったってことかな?」
リューは集まっていた頼もしい部下達の表情から、芳しくなさそうだと察した。
「若、あまりというか、ほとんど情報が取れていません……」
ランスキーがみんなを代表して、リューに遺体の調査について短く報告する。
そこに、理由についてノストラが後に続いて説明を始める。
「ランスキーの旦那、それじゃあ、うちの連中が無能に聞こえるから、改めて俺から説明するよ。──若、まずはこのバンスカーの影武者の所持品なんだが……、財布と短剣、そして、身に着けていた服、それ以外には何も持っていやがらなかった。それでも財布や短剣を調べればエラインダー、もしくはバンスカーに繋がる情報が少しはあると思ったんだが、それもなかった」
ノストラは肩をすくめると、影武者の遺体に呆れる素振りを見せた。
「仮にもエラインダー公爵領都の裏のボス役だよね? 何も情報がないなんてあり得るの?」
リューもこれにはさすがに驚く。
人の所持品には生活の痕跡が残るものだ。
それこそ、財布や日頃の持ち物というのは、その者の住んでいるところや日頃立ち寄る場所、何を好むのかなどが現れるものである。
「俺も驚いたんだ。この遺体の所持品には生活感が全く感じられないのさ。日頃からそういう情報は残さないように気を付けていたとしか思えない程にな。もしかしたら、そういうものは全て側近に任せていたのかもしれない。どちらにせよ、この影武者がかなり慎重だったのは確かだ」
ノストラはリューの疑問に答える。
「……そんなに慎重になるほど、ボスのバンスカーの支配が行き届いているってことなのかな……。そうなると遺体からは何も出ない感じ?」
リューはあまり期待はできないという感じで、ノストラに再度聞く。
「……そうだな。一つわかったことは、この影武者の火傷跡は魔法で三回に分けてつけられたものってことくらいだな。多分、バンスカーの特徴に似せる為に、丁寧に火傷跡を付けた、ということだろう。そんなことをするほど、この影武者がバンスカーに心酔していたのか、絶対的な命令で従うしかなかったのかが可能性としてあるんだが、この場合、心酔していたということだろうな。命令されたということだけで所持品まで徹底する生活は中々出来ない」
ノストラは遺体に掛けてあった布をめくってリューに説明する。
「あっちの組織も情報統制が行き届いているなぁ。でも、こっちが存在を掴んでいる分有利ではあるんだけど……。今回のことでこちらに対する分析も進んでいるだろうから、いつまでその有利も保てるかどうか……」
リューはそう言うと少し考え込む。
「なんだい、若。今のところあっちのボスの名も特徴も掴んでいるんだよ? こっちは若の正体もバレちゃいない。立ち回るには圧倒的有利じゃないのかい?」
女大幹部ルチーナが、派手な服装で楽観的に告げる。
「こちらは、陰で調べる側だからね。あちらは調べられる側の不利をよくわかっているよ。だからこそ、調べればエラインダー公爵領都まで辿り着くように情報操作をし、そこでほとんどの間者を罠にかけて捕らえ、その間者から雇い主の情報を吐かせることで楽に敵を知る設定作りをしているのだと思う。あそこは云わば、巨大なネズミ捕りの為の街だよ」
リューは、逃げ足に定評がある部下のサン・ダーロが捕らえられる寸前だったことを考えるとそう評した。
「その報告は部下から聞きました。領都での調査中、ずっと、違和感だらけだったそうです。若の言う通り、決まった情報しか入手できず、それ以上を調べようとすると急に危険度が増す、と。あの領都はかなり危険です」
マルコが部下の報告がリューの分析と同じであることを告げる。
「どちらにせよ、うちはその危険な設定を作り上げていた罠をかい潜り、そこの仮ボスを仕留めて逃げおおせたわけだから、バンスカーの鼻っ柱を蹴り上げるくらいにはダメージを与えられたとは思うけどね」
リューは不敵な笑みを浮かべて、そう告げる。
「若、ですが、このあとはどうしましょうか? これまでの情報はエラインダー領都に繋がるものばかりでした。つまり、こちらを罠にかける為に真実を少しだけ混ぜ込んだ偽情報を撒き餌にしていたということ。一からまた、情報収集をし直すことになりますが……」
情報収集の総責任者であるランスキーがこれからのやり方の変更について確認する。
「ランスキーの心配はもっともだよ。それに、これであちらも自分達を出し抜いた僕達について目の色を変えて調べ始めることになるとは思う。それはつまり、待ちの姿勢であったバンスカー勢力が動き出すということ。だから今度は僕達があちらを罠にかけるのもよくない?」
リューはそう答えると、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「悪い顔しているぜ、若」
ノストラもリューの言葉で血が騒ぎ楽しくなってきたのか、同じく笑みを浮かべた。
「やれやれ……。その辺りはノストラとマルコが得意な分野だわね」
ルチーナはどちらかというとランスキーと同じ武闘派だから、策謀となるとノストラやマルコの専門分野である。
「……そうなると、舞台が必要ですな。そこは俺が用意しましょう」
ランスキーも情報収集をリューの下で行ってきた人物だから察しがよく、そう答える。
「それじゃあ、みんな、仕事が増えるけどよろしくね」
「「「へい!(はい!)(ああ!)(ええ!)」」」
リューの忙しくなる事しか想像できない言葉に、ランスキー達は迷うことなく返事するのであった。
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