第624話 続・敵との決戦ですが何か?

 エラインダー公爵領都、夜の倉庫通りの一角。


 リューはそこで、千載一遇の機会とばかりに、エラインダー公爵の裏側をまとめる人物、バンスカーらしき男と遭遇していた。


 そして、その男と対峙し、リューは渾身の一撃を放ったのである。


 しかし、かすり当たりだったのか、リューの拳にほとんど手応えが少ない。


 どうやら、ギリギリで回避されたようだ。


 だが、バンスカーらしき男は、かすっただけで脳が揺れたのだろう、リューの苦手な幻術が解けた。


 幻術が解けたその男はサン・ダーロの報告通り、顔から首にかけて火傷跡があり、バンスカー本人の顔を知る数少ない証人であるリズ王女の証言通りの特徴を持つ人物だ。


 これは十中八九バンスカーだと言っていいのかもしれない。


 リューはそのバンスカーから短剣で脇腹を刺された状態ながら、相手の右腕を掴んで離さなかったので、バンスカーはリューの腕を振り解こうとリューの右手首の関節を決めようとした。


 これにはさすがのリューも関節を取られる前に手を離さないわけにいかない。


「ガキのくせにやるな……。だが、その怪我でいつまでこの俺と戦えるかな?」


 バンスカーはまだ、余裕があるのか、そう言うと再度幻術を使用して闇に紛れようとする。


「この程度の怪我なら、こちらにも奥の手があるんでね」


 リューは刺された痛みに少し苦悶の表情を浮かべながらも、短剣を引き抜いてマジック収納に回収する。


 そして、入れ替わるようにマジック収納から、ポーションを取り出して飲む。


 するとどうだろう? 刺された脇腹の傷が見る見るうちに回復していくではないか。


「な!? そんな回復速度のポーションなど聞いたことがない!」


 幻術で闇に溶け込みながら、バンスカーは驚きの声を上げる。


「だから、奥の手って言ったでしょ?」


 リューは、ほとんど回復した脇腹を摩りながら、余裕を見せて、改めてドス(『異世雷光』)を左手に握って構えた。


「……だが、そちらは、俺の幻術が見破れないのだろう? 部下を一撃で仕留めたことは実に素晴らしい。だからこそ、貴様はここで仕留めておこう」


 バンスカーは逃げる様子を見せず、リューをこの場で仕留める選択をした。


 きっとリューを仕留めないで放置すると、後々厄介だと判断したのだろう。


「それは良かった。僕もここであなたを逃がすと、後悔しそうです」


 リューは覆面姿のまま、そう応じると、見えない敵を相手に集中する。


 幸い夜のここは人気の少ない倉庫通り。


 リーン達が離れたところでまだ、戦う音は聞こえてくるが、こちらまで邪魔になる程の音ではない。


 リューは深呼吸すると、構えるのであった。



 リーンとスードは、意外に厄介な敵の集団に悩まされていた。


 あまりにも敵がひるんで逃げ出さないからだ。


 普通、圧倒的な差を見せつけられたうえに、ボスが早々と逃げ出してしまえば、士気が一気に下がり、逃げ出す者が現れてもおかしくない状況である。


 だが、彼らはその様子が全くなく、次から次へと向かってくるから、リーンも魔刀『風鳴異太刀かざなりのいたち』の能力を何度も使うわけにもいかない。


 魔力が底をつけば、魔力枯渇で動けなくなるからだ。


 スードも専用ドスで『聖光剣』を振るっていたが、魔力を使用する剣技だから適度に使い始めることで魔力を温存し始めた。


「こいつらってもしかして……。──例の『屍』という組織かしら?」


 死ぬのを恐れず、士気が下がることもなく向かってくる連中に何となくピンときたのか、リーンがそうつぶやく。


「……なるほど、情報通りの連中ということですか」


 スードもリーンのつぶやきに反応して、納得する。


『屍』という組織の構成員ほとんどが雑魚の取るに足りないチンピラ集団であることが多い反面、犯罪を犯すことに躊躇がなく、相手どころか自分の命さえ粗末に扱う連中だということは、ランスキーの情報部隊から報告を受けていた特徴に一致するのだ。


 ただし、この場にいる連中は腕が立つ。


 どうやら、その『屍』の中でも、精鋭なのかもしれない。


「なんだ、ようやく疲れてきているみたいだぞ。こいつらを仕留めれば、地方のボスくらいには、俺もなれるかもしれない」


『屍』の一人が、そう口にすると、リーンに襲い掛かる。


 すぐに他の連中も、遅れてなるものかとリーンとスードに飛び掛かった。


「「誰も疲れたなんて言ってない!」」


 リーンとスードは魔刀とドスを振るって敵を斬ると、声を揃えて怒るのであった。



 リューは軽傷を体中に負っていた。


 バンスカーは慎重にだが、正確にリューに傷を負わせては、すぐに離れる。


「想像より意外にせこい戦い方するなぁ」


 リューは怪我が全く気にならないのか、あっけらかんとした様子で、バンスカーの戦い方にケチをつけ続けた。


「もしかして、あなたはバンスカーじゃないんじゃないですか?」


 これは完全にリューの挑発行為だろう。


 慎重な相手に大胆な攻撃をさせ、その隙を突く戦法だ。


「安い挑発だな。それにしてもその名を知ってここまで来たということは、興味深い」


 バンスカーは幻術で姿を消したままの状態でリューの情報網に感心した。


 それと同時に、リューの太ももにまた一つ傷が出来る。


「そうですか? 意外にバンスカーの名前、いろんなところで聞けましたよ?(本当に慎重な敵だなぁ。時折、毒を使ってきているけど、この程度なら耐性があるから効かないけど)」


 リューは、バンスカーに軽口で応じながら、集中して相手の動きを分析する。


「ほう……。その名を口にする者は、消しているんだがな」


 バンスカーは嘘か本当かそう答えると、また、リューの背中に傷をつけた。


「あれ? さっきからあなた、バンスカーという名に対して他人事みたいなこと言ってますよね? もしかして、本当にバンスカーじゃないんじゃないですか? もしかして影武者?」


 リューがそう指摘すると、闇に紛れる気配に殺気が一瞬だけこもった。


 その瞬間であった。


 リューはすさまじい速度で、躊躇なくその方向に『異世雷光』を構えて飛び込んだ。


 リューの手元に手応えがあった。


「ぐはっ!」


 その声と共に、幻術が解けて、バンスカーが姿を現した。


 その腹には、深々と『異世雷光』が突き刺さっている。


 リューはそこに容赦なく止めの『対撃万雷』を放った。


 バンスカーはその雷に打たれると黒焦げになってその場に突っ伏すのであった。

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