第622話 部下の危機ですが何か?

 リュー一行はこの時間、人通りが少ない倉庫通りの一角に『次元回廊』の出入り口が作れそうなところを見つけ、この日はランドマーク領に戻ろうとしていた。


「リュー、ここから少し離れているところに人が集中していて、そこで争いが起きているみたい」


 リーンが索敵系能力で感知したことをリューに報告した。


「部下からの報告ではこの領都には、物騒な場所が全くないと聞いていたのに? ──ちょっと気になるなぁ……。見に行ってみる?」


 リューは、治安が良すぎて裏社会が存在しない特異な街の暗部を発見できるかもと興味を抱きみんなに聞く。


 すでに、御者と馬車はマイスタの街に送り届けて身軽であったから、リーンとスードは承諾するのであった。



「お前はこの倉庫通りまで誘導されていたんだよ。つまり、これは間者を狩る為の罠だ。もう、観念しな」


 倉庫通りの一角。


 ガラの悪い連中が、一人の男の逃げ道を大勢で塞ぎ、追い詰めていた。


 大きな通りから細い路地、倉庫の屋根の上に至るまで、ガラの悪い連中が、身を潜めていたのか、完全に包囲されている。


 追い詰められた男は、逃げ足に相当な自信があったが、蟻の這い出る隙間もないこの包囲網に舌打ちした。


「ちっ……。一人のよそ者を捕らえる為に、ここまでやるか……?」


 追い詰められた男、サン・ダーロは、その瞬間も逃げられる隙はないかと周囲に目を配ってそうつぶやく。


「腕のいい間者は大体ここで全員失踪している。なぜだかわかるか? 夜中の倉庫通りは領兵隊が人を近づかせないようにしていて、何が起きてもすぐに処理できるようにしているのさ。ここは完璧な包囲網が敷かれた蜘蛛の巣の中心だ。意図をもって入った人間は、誰も出られなくなっている」


 完全包囲網を敷くガラの悪い連中を指揮していたリーダーらしき男が、倉庫の屋根の上に現れると、サン・ダーロに話した。


「そんなことを今、話して大丈夫か? 俺がここから逃げおおせたら、この手は二度と使えないぞ?」


 サン・ダーロは種明かしに対して負け惜しみとばかりに、そう答えた。


「それはない。腕と逃げ足に自信があるようだが、お前以上の間者も過去にここまでたどり着いたことはいくらでもある。だが、過去に一人も逃げられた奴はいない。──捕らえろ。洗いざらい吐かせてから魔物の餌にする」


 リーダーらしき男はそういうと、部下達に指示をする。


「この暗がりでよく顔が見えないが、幻術魔法を使用して火傷跡を隠したその姿。お前がバンスカーか?」


「……ほう。その名を知っているとは、なおさら、生かして帰せないな。過去の間者の中でも、一番踏み込んではいけないところまで辿り着いているようだ」


 バンスカーらしき男は、火傷跡を幻術魔法で隠しているが、サン・ダーロには通じていないことを知り、フードを被って、顔自体を隠す。


 そして、


「やれ」


 と一言告げる。


 サン・ダーロはリューより支給されていたドスを抜くと構える。


「何人道連れに出来るか試してみるか……」


 一人つぶやく。


 どうやら、死を覚悟したようだ。


 すると、頭上に網が投下される。


 サン・ダーロは得意の雷魔法を微量の静電気レベルを脳に使用することで、肉体強化を図るとその大きな網をギリギリ躱す。


 そして、目の前の男の腹にドスを突き立てると、すぐに離れた。


「ぎゃっ!」


 刺された男は、血反吐を吐いてその場に息絶える。


「さあ、かかってこい。俺を捕らえるまでに何人死ぬか見ものだな!」


 サン・ダーロは死に場所をここと定めてそう宣言すると、その神速を使って戦闘に入るのであった。



 サン・ダーロはかなり善戦した。


 しかし、多勢に無勢、サン・ダーロの神速も、刺されるのを承知で盾を持ち包囲網を狭める男達に逃げ場をなくされ、そこに味方ごと、頭上より網をいくつも投下されて捕らえられた。


 最後のあがきとして、サン・ダーロはドスに内蔵してある雷魔法『雷撃』を使用した。


 これは、大の男もこれ一発で失神する威力のものであり、サン・ダーロの場合、本人も雷魔法が使用できるので威力は増していたから、周囲の男達をかなり巻き込んで失神させる。


 ここまで、威力が増すと本人も食らうことになるが、当のサン・ダーロは耐性があるから失神することはない。


「思った以上の威力だったな……」


 サン・ダーロは網に捕らえられて身動きが取れなくなると、袋叩きに合いながら満足してそう漏らすのであった。



「そこまでだ!」


 サン・ダーロが抵抗できなくなり、引っ立てられていると、囲みの向こうから声が響いた。


 そちらを見ると、三人の覆面姿の人物が、立っている。


「……今度は誰だ?」


 倉庫の上から一部始終を眺めていたバンスカーらしき人物は、そうぼやくと同時に、手で再包囲の指示をする。


 すると、あっという間に、どこからまた湧いてきたのか男達が新たな侵入者達を包囲した。


 ちなみに覆面姿の三人とは、リュー、リーン、スードである。


「状況はわからないけど、みんなで一人を袋叩きにするのはいけないなぁ」


 覆面姿のリューが、とぼけた感じで注意した。


 もちろん、実際はサン・ダーロであることはリーンの遠視系能力で確認済みだったから、他人のフリで助けようという魂胆である。


「……声が子供っぽいな。だが、それは関係ない。これを見られて帰すわけにはいかないからな。首を突っ込んだ自分達を恨め」


 バンスカーらしい人物がそう言うと、包囲した男達はサン・ダーロを捕らえた方法でまた、リュー達に襲い掛かるのであった。

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