第621話 頑張る部下ですが何か?

 エラインダー公爵領都。


 そこは、このクレストリア王国で強大な力を持つ王家の血筋を引くエラインダー公爵のおひざ元である。


 その巨大な都も王都と比べれば見劣りはするが、それでも国内でもかなり大きな領都だ。


 それに国内にいくつかある巨大派閥の一角でもある。


 まあ、巨大派閥とは言ってもエラインダー公爵派閥が群を抜いて大きいのだが。


 それに、エラインダー公爵は他の貴族派閥ともかなり強い繋がりを持っているといわれており、その気になれば国を割ることも可能だろう。


 そんな大きな力を持つエラインダー公爵領都を、一人の間者が、密かに動いて情報収集を行っていた。


 それは、リューの部下、サン・ダーロである。


 彼は、自分達に迫る不穏な動きを本能的に察知して部下をギリギリで領都から脱出させ、自らは残って任務を遂行していた。


「あぶねぇ……。──宿泊先の主人、あの気配だと俺を売りやがったな」


 サン・ダーロは、革袋一つ分の荷物を抱えて、窓から宿屋を脱出して路地裏を足早に移動しながら、愚痴をこぼす。


 宿屋を飛び出した十五分後、実際、領兵が部屋に踏み込んでいたから、サン・ダーロの勘は当たっていた。


 サン・ダーロは、宿屋の主人と従業員の自分に対するごくわずかな変化で、違和感を感じ、密告されたと判断したのである。


「この領都の密告制度、よそ者相手だったら何でもありだな……。やはり、職業を聞かれた時曖昧にしたのが、疑われたのか……?」


 サン・ダーロは密告された原因を推測するのであったが、原因がわかっても解決には至らない。


 だが、自分はリューの命令でバンスカーの情報を収集するという任務があるから、逃げ出すわけにもいかないのだ。


「それにしても、この街、調べれば調べる程、胡散臭いところだな……。裏社会の気配がないところなんて普通はないのに、ここは治安が良すぎて本当にその気配がないときてやがる。あれば、俺もそこにうまく紛れて情報を集められるのに、全くないから、どうしてもカタギの中にいると浮かび上がってしまうんだよな……」


 サン・ダーロは、そうぼやくと、新たに身を隠す場所を探さないといけない。


 幸いこの領都は大きいから、宿屋も星の数ほどある。


 しかし、こうも密告されると、自分の人相書きが宿屋中に出回りそうな気もするから、長居しないで次から次に宿屋を移動するしかなさそうであった。


「……今回は領兵が踏み込んできたみたいだが、その前の時は、明らかに領兵じゃない輩が踏み込んできたよな……。どこから湧いて出てくるんだ、奴ら」


 裏社会が存在しないと思われるこの領都で、その気配を匂わせる連中が領兵と協力して動いていることが解せないのだ。


「……やはり、バンスカーの組織と見た方がいいだろうな。領兵ではなく、奴らに捕まってみるというのもありか?」


 サン・ダーロはなかなか情報が集まらないから、手っ取り早く懐に飛び込む方法の一つとしてそんな危ないことを想像する。


「……いや、さすがにそれだと、不味いか。──いかん、いかん。行き詰って変なことを考えちまう。そろそろ、この領都から脱出した方がいいのか? ──うん?」


 サン・ダーロはそう考えつつ、ふと視界に入った連中を無意識に尾行を始めていた。


 それは、この領都に不釣り合いな輩と呼べそうな連中だったからだ。


 よく見ると、前回の宿屋に踏み込んできた連中の一人が混ざっている。


「……これは当たりかもしれない」


 サン・ダーロはそう独り言を漏らすと、距離を取って尾行する。


 だがこの尾行も厄介であった。


 途中、尾行している連中は、いくつかの通りを不自然に移動するのだが、そこには明らかにその仲間と思われる連中が通りを監視しているのだ。


 どうやら、仲間を尾行する者がいた場合に備えての監視のようである。


「危ない。気づかなかったら、こっちが先にバレるところだった……!」


 サン・ダーロは例によって本能が働いて尾行を中止すると通行人のフリをし、尾行相手を通り過ぎていく。


 これで尾行は失敗だが、サン・ダーロは尾行相手の行動を先読みして、向かう方向を予測し回り込んで待機した。


「よし、来た……! 尾行再開……」


 このように、監視者の目を気にしながら、サン・ダーロは相手を尾行し続ける。


 尾行相手は、いくつかのお店などを出入りすると、とある一角に向かっていた。


 そこは人通りが極端に減る倉庫通りで、サン・ダーロは追跡を断念する。


 だが、諦めたわけでない。


 ちゃんと当てがあったのである。


 それは、バンスカーと思われる男が会長を務めていると思われる『十朱屋とあけや商会』の倉庫を探せばいいと勘で判断したのだ。


 サン・ダーロの判断は正解で、十朱屋の看板がある大きな倉庫を出入りする中に、自分達を追っていた輩の一人を発見したのである。


「よし。あとは、あの倉庫が何なのか。いや、普通に考えてこの領都には存在しないはずの裏があそこにあると考えていいだろうな。バンスカーらしき男も、この領都にある商会本店には全く顔を見せなくなって久しいが、ここにいるかもしれない」


 サン・ダーロは倉庫を遠目に確認すると、夜になるのを待って倉庫への接近を試みるのであった。



 その日の夕方。


 リューとリーン、スードは『次元回廊』で街道に移動してエラインダー領都の手前にいた。


「日が暮れる前に、領都入りしようか。──御者さんお願いします」


「お任せください」


 リューのお願いに御者はそう応じると、ランドマーク製の馬車を飛ばして、領都を目指すのであった。


 そして、無事、日が暮れる寸前で領都入りするリュー一行。


「これで、ここへの『次元回廊』での出入りが可能になったね。あとは出入り口をどこに設置するかだけど……」


 リューは馬車で街中を進んでもらいながら、そう漏らす。


「人通りが少ないところがいいんじゃない? あっちは気配が少ないわよ」


 リーンがそう言うと、明かりが極端に少ない区画を指差した。


「あっちは、倉庫通りかな? そうだね、あの辺りなら目立たなくていいかも」


 リューはリーンの意見を採用すると、御者に伝えて倉庫通りに馬車を向かわせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る