第615話 学園長の思惑ですが何か?

 チューリッツ新学園長は、今回の剣術大会を見学に来る各組織の関係者に公正公平の下に行われる競技であることを示そうとしていた。


 それでいて、転入したばかりのノーエランド王国の生徒を一時的に優先することで、在学生とのバランスを取ることを狙っている。


 チューリッツ学園長は、それが自分の正義だと考えていた。


 王宮にいても王家とエラインダー公爵家との間で中立を示すことで引退まで宮廷貴族の地位を保ってきたから、それが正しいことだと思っている。


「今回の対戦表は我ながら見事な組み合わせになったな」


 チューリッツ学園長は、コブトール教頭に聞かせるように自画自賛した。


「学園長の判断お見事です! 特に前回の八百長疑惑があるミナトミュラー男爵とリーンという生徒を初戦でぶつけるのはさすがとしか言えません。そして、王女クラス内で試合内容に手心が加えられていたのではと睨んだその慧眼にも感服いたしました。そういう生徒達は早い段階で対戦させて数を減らし、他の生徒へチャンスを与える慈悲も素晴らしいことです」


 コブトール教頭は、チューリッツ学園長の一から十まで褒め称える。


「そうだろう、そうだろう! わははっ! ──前任の学園長判断は実に甘いとしか言えない運営方針だったからな。私が学園長になったからには、王家の威光も示しつつ、公平に指導していかなければならない。教頭には期待しているぞ?」


 チューリッツ学園長は満足げに頷くと、そう言うのであった。


 このチューリッツ学園長は、爵位を息子に譲って妻と共に悠々自適な隠居生活を送っていたのだが、それにすぐ飽きていたところに、学園長の席を用意されて飛びついた形である。


 そして、新参で『王家の騎士』の称号を与えられたランドマーク伯爵家、ミナトミュラー男爵家に対しては、王家の寵愛を良い事に好き勝手やっている人物と考えていたから、リューに対してはかなり私情が入っているのは確かであった。


「お任せください! その為にこちらへの異動を承諾したようなものですから」


 コブトール教頭もチューリッツ学園長とは思考が似ている中立政治を主張する貴族だったから、この王立学園がリューによって公正公平さが失われていると考えた末、学園長を支持するのであった。


 二人は自分達の正義を信じて、今回の取り組みを進めている。


 全ては公正公平の為と。



 そんな思惑が裏で動いているとは知らないリューとリーンの一回戦、第三試合。


 二人の試合会場は時間の関係上の理由ということで、メインである闘技場ではなく練習場に回された。


「露骨に酷い扱いだよね?」


 リューもこれには不満を口にする。


「これが前回の決勝戦の罰ということなんでしょ? でも、確かに納得いかないわね」


 リーンもリューに賛同した。


「じゃあ、派手にやろうか」


 リューはそう言うとリーンもそれに頷くのであった。


 二人の試合は、学園の外から訪れた観客はほとんど知らない状況で、この事実上の決勝戦は行われることになった。


「それでは、試合始め!」


 審判役の教師が、早々に開始を宣言すると、リューとリーンは刃が潰れた剣で試合を開始する。


 それは、前回を彷彿とさせる激しい試合であった。


 お互い毎日手合わせをして手の内は知っているから、最初は探り、探り、そして、徐々に激しいものへと変わっていく。


 練習場ということで、観戦している者は最初こそほぼいなかったのだが、すぐ近くにいた生徒達が、二人の試合が行われていることに気づいて、周囲に声をかけることで観戦者も続々と集まってくる。


 そして、歓声が起き始めると、その音につられて他の者が集まってくるという感じで、二人の試合の周囲にはすぐに人だかりができるのであった。


 二人の試合は誰の目から見ても、素晴らしいもので二人の一挙手一投足に息を呑み、次はどちらがどう仕掛けるのか緊張を持って見守る。


 二人の試合は試合時間内では勝負がつかず、延長にもつれ込んだ。


 審判である教師も二人の互角に思える戦いに勝敗を付ける事が出来なかったのである。


 延長でも勝負がつかず、再延長に入る頃には、闘技場で観戦をしていた騎士団関係者や貴族の一部もこの試合を知って駆け付けた。


「前回の大会での決勝が、なんでこんなところで行われているんだ!?」


「くそっ! ここならここと、最初に教えてくれればいいものを!」


「二人とも汗びっしょりじゃないか。──何、再延長? そんなに見逃したのか!?」


 学外の観戦者達は、学園側から何も知らせがなかったので、不満を露わにする。


 そんな中、再延長戦が行われた。


 互角と思われたリューとリーンの試合は、再延長戦も接戦で観る者を緊張させるのであったが、だが、少しずつだが確実に実力の差は現れ始めていた。


 それは二人が扱っている剣だ。


 お互い学園が用意したものだが、扱い方によって消耗は避けられず、リーンのものはリューからの攻撃を耐えられない状況になりつつあった。


 リーンは眉一つ動かさず、リューと互角に試合をしているように見えたが、その実、消耗はリーンの方が激しいのだ。


 そして、激しい打ち合いの末、その時は訪れる。


 リューの振るった一撃がリーンの頭上に振り下ろされた。


 リーンは交わしきれないので剣で防ぐのだったが、その剣が根元から砕ける。


 驚くことにリューは振るった剣を、リーンに当たる寸前でピタリと止めたのであった。


「ま、待て! リーン選手の武器損傷につき、試合続行不可能と判断します。ですからミナトミュラー選手の勝利!」


 審判の教師はようやく試合の勝敗がついたことにホッと胸をなでおろしながらそう宣言する。


 これに、観戦者達は、


「おおおぉぉぉ!!!」


 と歓声が沸き起こった。


 前回の決勝での二人の試合を観ていた者達もこれは一緒で、


「前回以上の白熱した試合だった!」


「感動した!」


「これは事実上の決勝戦だ! 凄かったぞ!」


 と二人に惜しみない声援を送るのであった。



「学園長、これはどういうことですか! 二人の試合をあんな扱いにするとは! あなたの現役時の仕事ぶりは、実に堅実で評価すべきものでしたが、これはとてもじゃないが評価できませんぞ」


「そうです! 前回の優勝者の扱いとしては酷いでしょう! お陰でほとんど見逃してしまいましたよ!」


「──え? あれは、罰則試合? 何を言っているのですか? 前回のことは前任の学園長判断で、すでに二人は説教を受けることで罰を受けたと聞いていますよ? あなたはそんな罰を受けた二人に二重に罰を与えたことになりますが? これは教育者として悪しき前例を作りましたな」


 試合を楽しみにしていたのに見過ごしてしまった騎士団関係者や貴族達は、口々にチューリッツ学園長のやり方を非難した。



「くそっ、なんでだ!? 前任の学園長の指導が行き届いていないから、この私が再指導しただけなのに!」


 チューリッツ学園長は、学園長室に引っ込むと、自分の公正公平な判断が非難されることに納得がいかず、コブトール教頭に愚痴を漏らすのであった。

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