第613話 放課後の報告ですが何か?

 翌日の放課後、サン・ダーロの部下達からの報告は、リューも対応を考え直さなければいけないものであった。


 エラインダー公爵の領都はとても大きく立派な街であるが、とても規則に厳格で城門は陽が沈むと閉ざされ、夜間の出入りは基本的に許されていない。


 領都内の警備隊の見回りも表の通りから裏の通りまで細かく行われ、治安の良さはあるのだが、宿屋や飲み屋など人が多く出入りするお店には密告を推奨しており、怪しいよそ者などは数日で行方をくらますことはよくある街であった。


 どこの街でも裏社会というものがあるものだが、エラインダー領都の場合のみ、それが表向きは全くなく、事務所でも作ろうと思ったら、すぐに警備隊に踏み込まれ、心当たりのない罪状で連行されるらしい。


 とにかくエラインダー領都は特殊過ぎる街なのだという。


 サン・ダーロの部下達は、だから、カタギのフリをして領都入りし、あまり、集団で固まらないことを心掛けていたらしい。


 とある飲み屋に一人、二人と通って常連になり、そこで初めて出会ったように装ってみんなと飲む。


 そうすることで密告されないようにしていたともいう。


 それくらい警備隊よりも住民の目の方が危険だったようだ。


 だが、その細かな警戒を持ってしても、バンスカーの手の者と思われる者に存在を気づかれてしまったことを考えると、領都は蜘蛛の巣のような細かい目の監視網がさらに引かれていたということだろう。


 サン・ダーロの部下はランスキー直下の者達だ。


 その者達でも、すぐに気づかれるとなると下手に間者を送り込むのも難しいところである。


「それでサン・ダーロは?」


 リューは一番先に戻ってきて報告しそうな神速の持ち主である隊長のサン・ダーロが未だに戻ってこない理由を部下に聞く。


「サンの旦那との最後は、『俺一人ならどこからでも逃げられるから先に行け』と事務所で俺達を先に行かせてくれた時です。その後にすぐ城門が厳戒態勢で検問が敷かれたので、まだ、領都内にいると思います」


 部下はリューの質問にその日のことを思い出しながら答えた。


「……サン・ダーロなら、大丈夫かな……。──でも、念の為、僕達もエラインダー領都内に出入り口は作っておきたいところだね」


 リューは一人つぶやくようにサン・ダーロの心配を止めると、リーンに今後の最低ラインの目標を告げる。


「そうね。敵の内部に移動が出来るのと出来ないとでは全然違うもの。ましてや、あのバンスカーがその内部にいるのなら、多少の危険リスクは負ってでも踏み込むしかないわ」


 リューの言葉にリーンも賛同する。


 もちろん、その危険は、リューとリーン、スードが負うものであり、部下に任せるつもりはない。


 相手もかなり警戒しているようだから、今、そこに部下を送り込むのは危険すぎるからだ。


「それじゃあ、今日と明日の放課後もエラインダー領都を目指して馬車で疾走するということで」


 リューは部下の報告を聞き終えると、そう決定するであった。


 部下達は若であるリューの役に立てなかったことに申し訳ない気持ちで一杯であったが、リュー本人がそう決定したのならこれ以上は何も言えない。


「みんな、エラインダー領都の情報収集だけが仕事じゃないからね? バンスカーの支配下『かばね』についても継続して調べてもらわないといけないのだから、休養を取ったらすぐ仕事に戻ってもらうよ。──それでは解散」


 リューは部下達の心情を察したのかそう告げると、部下達に発破をかけるのであった。


「それにしても、明日は学内の剣術大会でしょ? 張り切り過ぎると疲れるわよ?」


 リーンがリューには少し控えるように注意する。


「そうだった……。トーナメント表次第では大変かもしれないね」


 リーンの指摘に、リューは苦笑するとそう答えるのであった。


「主やリーン様はきっとシードのはずですから、まだ、楽だと思いますよ。午前中は自分達が頑張るので、ゆっくり見物しておいてください」


 リューの護衛役であるスードが、楽しみな様子でそう応じる。


「今年も気合入っているね、スード君。リーンはどうなの?」


「私はいつも通りよ。ただし、前回の轍は踏みたくないからリューとの決勝戦は今度こそうまく負けるわ」


 リーンは前回の大会でお互いが負けを認めて両者同時優勝になったことで、前学園長にお説教をされたことを言っているのだろう。


 駄目な方へ努力をするつもりのようだ。


「……規則の範囲内でちゃんと試合しようね?」


 リューも前回の八百長試合は反省していたのでそう指摘するのであった。


「そうなると、自分を含め誰が上位進出することになるのかが重要ですね。留学組がそこに食い込んでくるのでしょうし、負けていられないです」


 スードは意外に冷静な視点から、そう告げる。


「あっちのシン・ガーシップ君やサイムス・サイエン君辺りは相当自信があるみたいだったからね。僕とリーンが特別枠で出場だから、うちのクラス代表五枠はスード君、ランス、ナジン君、イバル君、ラーシュが対抗という感じになるから頑張って」


 リューは一年生時の時からの成長分をみんなに期待したいし、女子で兎人族のラーシュも実は結構な腕の持ち主であることは、テストの結果からも知られていることなので、楽しみにしているのだ。


「主の護衛役として、もちろん頑張ります!」


 スードはそう言うと自信ありげに応じた。


 実際、スードは前回の大会以降からリューやリーンに相手をしてもらっていたし、何より、ランドマーク本領にて祖父カミーザの更生施……、もとい、訓練場で修業した身であったから、前年度よりかなり成長しているのは確かである。


 もとより、「聖騎士」という剣に優れたスキル持ちでもあるから、もしかしたら、クラスの誰よりも一番成長しているかもしれない。


 イバルもこの一年、リューの下で実戦経験を積んで成長著しい一人だが、こちらはどちらかというと剣と魔法一体での攻防を得意としており、純粋な剣術大会ではスードにかなり分があるだろう。


 あとはランスだが、こちらは父ボジーン男爵の仕事を手伝うことが中心の一年だったから、どこまで成長できたかわからないところだ。


 だが、才能は確実にあるから期待したい。


 リューはそう考えると今回の大会はかなり面白いのではないかと期待するのであった。

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