第612話 部下の危機ですが何か?
エラインダー領都、東門傍に立ち並ぶ飲み屋の一角。
まだ、昼間にも拘らず、ちらほらとお客がいて、その中に溶け込むように、リューの部下であり、バンスカーの情報を探らせているサン・ダーロがいた。
思った以上に領兵隊への手回しが早い。つまり相手はエラインダー公爵側かそれに属する連中……。若が言っていた通りバンスカー絡みで間違いなさそうだな。それにしても資料が燃えるのを確認していたら、敵の動きが早すぎて城門から逃げる暇もなかったぜ……。まあ、部下達は全員逃げ延びたようだし、俺が下手を打たなければ問題ないか。
サン・ダーロは内心でそう自分に言い聞かせると、手にしているジョッキの中身を飲み干す。
「マスター、ご馳走さん。また、来るわ」
サン・ダーロは店主にそう気軽に挨拶すると、店内に入ってきた領兵を無視して外に出ていく。
領兵達の二名は、店主によそ者について話を聞き始めている。
それを背中に感じながらサン・ダーロは人混みへと紛れて逃げるのであった。
それから、二日、サン・ダーロが領都外に逃がした部下達二十名は命令通り、領外に出るべく走る者もいれば途中で馬を手に入れ飛ばす者、乗合馬車に乗って怪しまれないようにする者など色々で、装いも冒険者から商人、旅人、地元民に溶け込める地味な衣装などそれぞれで先を急いでいた。
丁度、リュー達がエラインダー公爵領を目指して馬車を疾走させている時間である。
部下達は一人、二人とエラインダー領から続々脱出に成功していたが、追っ手も確実に迫っていた。
幸いなことに敵はこちらの顔がわからないから、検問であっても何食わぬ顔ですり抜けていくのであったが、全員脱出というわけにもいかない。
「おい、貴様。商人の割に腹の据わった眼の色をしているな」
「そんなことないですよ、旦那。まあ、行商としていろんな経験はしていますから、多少はそういうところはあると思いますが。はははっ」
商人姿の部下は領兵の追及に対してそう答える。
「……そいつは連行する。ひっ捕らえよ」
検問所の隊長は勘で判断したのか、それとも命令で怪しい者は片っ端から連行するように言われているのか、少しでも挙動不審と感じた者は次々に連行され始めた。
その結果、サン・ダーロの部下は合計五名が捕まるのであった。
領外に出る者はそんな感じで厳しく問いただされる反面、入ってくる者はいつも通りであったので、リューとリーン、スードの馬車は公爵領入りしていた。
「さっきの逃げてきた部下の報告通り、五名が脱出に失敗、領都に連行されるみたいよ」
リーンが自慢の耳をピクリと動かすと、検問所でのやり取り盗み聞きしてそうリューに報告する。
「じゃあ、僕達は馬車でエラインダー領都まで飛ばして、途中、良い場所があったらそこまで戻ろうか」
リューはそう意味深に答えると、御者にお願いして馬車を急がせる。
「主、良い場所とは?」
スードは意味がわからずに聞く。
「すぐわかるよ」
リューは不敵な笑みで応じるのであった。
「意外にすぐ、見つかったね」
リューは夜も遅くなってきて、暗い小さい林に街道が通る場所に馬車を止めさせると、検問所からの部下を連行している馬車を待つことにした。
三人とも顔に布を巻いて覆面状態である。
この段になってスードもリューの目的が分かった。
「救出作戦のことだったのですね、主。もう、暗くて人通りもありませんが、検問所からの馬車は通りますかね?」
スードは一切の明かりを消して真っ暗の道の真ん中で、リューに疑問を口にする。
「あちらはこちらの正体を知りたくて仕方がないようだからね。領都への連行も昼夜を問わず急ぐと思うんだ」
リューがスードの質問に応じていると、
「リュー、来たようよ。私は背後に回るわね」
暗闇からリーンが声を上げてそう告げると、気配が消えた。
「──スード君、やるよ」
リューはそう短く指示すると、馬車が来るのを待つのであった。
リューの部下達を連行する馬車は、合計十五人も捕らえてあった。
もちろん、五人以外は無実の者達であったが、怪しいと思われた時点で優しくない尋問が待っているだろう。
すでに無実の者の中には自分達を連行するこの物々しい雰囲気の領兵達に、ただならぬものを感じて、怯えている者も少なくなかった。
なにしろ、連行理由を聞いても、一切答えてくれないのだ。
ただ短く、
「黙れ」
と返事が返ってくると剣の柄で殴られて終わりである。
そんな状態に絶望を感じ始めていると御者台から、
「うわ! どうどう!」
と馬を止める声が聞こえてきた。
「誰だ、貴様。盗賊か?」
御者台席に一緒に座っていた領兵の一人が、馬車から降りていく。
荷台に座っていた領兵達も四名、見張りを置いて降りていった。
「なんだ、二人だけか? いや、背後に回っている奴がもう一人いるな。にしてもたった三人でこの馬車を襲うとは不運な連中だ。今、ここにいる領兵は領境を守っていた腕利きの兵士だぞ。それに、乗せているのは人で、金目のものはない。──自分の運の無さを恨みな」
領兵隊長と思われる男はそう言うと剣を抜く音が馬車内にも聞こえてきた。
馬車にはランタンが御者台の左右に一つずつ掛かっていて、幌越しに外の影が揺らめいて見える。
そしてその動きに合わせるように、刃物がぶつかり合う音が響いてきた。
すぐに短く「ぎゃっ!」とか、「ぐはっ!」とか、「ひいっ!」という声が、鈍い小さな打撃音や、何かを切り裂く鋭い音が響いてくる。
だがその音もあっという間になくなり、御者の領兵もいつの間に居なくなっていた。
そして、次の瞬間、馬車に明かりを照らしていたランタンが二つともふっと消える。
馬車内は闇に包まれ、見張りに残っていた領兵が動揺した。
「た、隊長?」
その声を漏らしたのが運の尽きである。
布生地の幌を割く音と共に、刃が突き立てられ、見張りの領兵の胸に刺さった。
「ぐはっ!」
領兵は吐血するとその場で絶命する。
これには連行中であった者達十五名中、十名は動揺した。
「こ、殺される!」
「た、助けて!」
「俺達は領兵じゃないです!」
と懇願した。
すると、その中の五名が自分達を縛っていた縄を自力で解いて外に飛び出していく。
それはあっという間で、止める暇もないものであった。
五人が外に飛び出してしばらくして何も聞こえてこない。
縛られていた人々は這いながら、外に飛び出してみた。
そこには絶命している領兵の遺骸以外、何もない。
人々は道に転がっていた剣で自分達を縛っている縄を斬ると、全員逃げだすのであった。
その頃、リューとリーン、スードは馬車から飛び出してきた部下五名をすぐに『次元回廊』で一瞬にしてマイスタの街まで移動させていた。
「みんな、ご苦労様。詳しいことは後日に聞くから、今日は家に戻って休んでください」
「「「若、お手数をおかけしました!」」」
部下達五名はそう答えると深々と頭を下げ、自分達のボスに感謝するのであった。
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