第611話 北西のとある地ですが何か?

 ノーエランド王国王家一行の歓迎式典は、午後過ぎには終え、リューは父ファーザ達をランドマーク本領に送り届けると、リーン、スード、そして御者と馬車を『次元回廊』である場所へと運ぶ。


 それは王都から北西のとある場所である。


 数日前から夕方以降の空き時間に馬車を飛ばして北西にあるエラインダー公爵領を目指していたのだ。


 今日は、休みということもあって歓迎式典以外のスケジュールを空けていたから、移動に費やすことにした。


「先にエラインダー公爵領に向かわせたサン・ダーロから連絡はまだ、これといった情報がないのよね?」


 リーンが馬車の中でリューに確認をする。


 サン・ダーロとはノーエランド王国で名を馳せた元殺し屋で、地元にいられなくなったことからリューの下に付いたのだが、戦ったリュー相手に一度は逃げ延びたこともある、逃げ足の速さが光る人物だ。


「うん。あちらで顔が割れたと思われるうちの部下は総入れ替えして、その時、入れ替えのメンバーをサン・ダーロに任せたんだけど、エラインダー公爵領都ではかなり慎重に動いているみたい」


 リューが先日送ってきた報告書を読み返しながら、リーンに答えた。


「ちょっと見せて?」


 リーンはリューから報告書を受け取ると読み直す。


「……本当に部下を動かす時は何度も変装を変えさせたり、同じ場所に部下は立て続けにいかせないようにしているわね。こんなに慎重になる理由は書いてないけど、なにかあるのかしら?」


「どうだろうね? 報告書の内容を精査する限り、本人は憶測情報はあまり書かないようにしているのはわかるけど」


 リューはそういうとサン・ダーロが初めての地に乗り込むということで、個人の印象はできるだけ排除して部下達の情報から正確なものだけを報告書にまとめているのが理解できた。


「その分、正確な報告書よね。サン・ダーロはランスキーの下に付けて良かったみたいじゃない」


 リーンはサン・ダーロがまじめにやっていることに感心した。


「リーンが一度、僕に対するサン・ダーロの態度を注意したからね。あれから本人もまじめにやってくれているよ」


 リューはそう言うと笑うのであった。



 少し時間は遡って、二日前の昼、エラインダー公爵領、領都。


「なにか嫌な感じがするんだよな……。──おい、お前ら、このアジトは放棄する。一度、領都から出るぞ」


 サン・ダーロはランスキーから任せられている部下二十名にそう伝えた。


「え? サンの旦那。それではここの情報を若に送れなくなりますぜ?」


 部下の一人が、急な放棄決定に驚いて答えた。


「いいから、手元にある情報は全て頭に入っているな? ならば、紙の資料は全て燃やせ。急げ!」


 サン・ダーロはそう言うと部下達を急かす。


 部下達は理由を説明してくれない新たな上司に困惑するのであったが、リューが認めてランスキーの下に付けた人物である。


 それに上司の命令が絶対なので、疑問を持ちつつもアジト放棄の為、素早く命令を実行するのであった。



 その二時間後──。


 エラインダー公爵領都で活動拠点にしていたアジトは、何者かの集団によって包囲されていた。


「──突入せよ」


 集団のリーダーと思われる者が短く命令すると、一同はサン・ダーロ達がいるアジトに突入する。


「こっちには誰もいません!」


「こちらもです!」


「こちらには何かを燃やした痕跡があります!」


 突入した集団の者達からリーダーに次々に報告がなされていく。


「ちっ! なんでバレた!? 発見から包囲突入まで最短だったはず……。まさか、こちら側に間者がいるのか……? いや、昨日も間者の洗い出しを行って大丈夫だったはずだ……。それならば、なぜ……」


「どうしましょうか、リーダー? 奴らが何者かわかりませんが、相当な手練れであることは確かだと思いますぜ? これは追手を出して一人でも捕らえ、情報を吐かせないとボスが満足しないと思いますよ」


 部下の一人がリーダーにそう助言する。


「わかっている。ここから撤収したということは、こちらに気づき逃げているということ。それに燃やした痕跡からそんなに時間は経っていないだろうから、領兵隊の責任者に頼んで各城門を厳戒態勢にしてもらえ。もしかしたら、逃げ遅れた奴の一人や二人捕まるかもしれない」


 集団のリーダーも判断が早い。


 そう言うと、部下が数人、各城門に走る。


「……以前監視を付けていたどこかの集団と同じ連中だろうな。突然いなくなった時の撤収も鮮やかだったから、今回は早めに動いたんだが……」


 リーダーはそう言うと歯噛みする。


 その前回とはこのエラインダー領都で情報収集をしていたランスキーの部下達が何者かに監視されているらしいことに気づき泳がされているようだと判断し、それをリューに報告したので、リューが早々に部下を総入れ替えした時のことであった。


 それからサン・ダーロと新たな部下二十名に入れ替わり、引き続き慎重に情報収集を行っていたのだが、この謎の集団に早々にバレてしまったようだ。


 もしかしたら、不特定多数の集まりを密告する制度があるのかもしれない。


 謎の集団の組織力はかなり驚異的と言えるかもしれないが、それ以上に今回は、サン・ダーロの危機回避能力が優れていたおかげで回避できたのであったが、謎の集団のリーダーもまさか、野生的な勘だけでこちらの動きを読まれたとは思わないのであった。



 サン・ダーロの部下達は、紙一重の差で、城門を出て、領都から脱出を図っていた。


 緊急の際は領都郊外に設置した仮アジトに逃げ込むことになっていたが、サン・ダーロの命令で領都どころか、エラインダー領から脱出する為に、一同はいろんな格好に着替えて脱出を急いでいる。


「サンの旦那は大丈夫か?」


「わからん。だが、城門が急に厳戒態勢になったことを考えると、あの人の判断は正しかったとみるべきだろう」


「だが、それだけに一人領都に残るなんて危険だぞ?」


 サン・ダーロの部下達は城門を抜けた直後に検問が行われ始めたことに、上司の判断が正しかったことを肯定せざるをえなかった。


 そして、サン・ダーロは一人、情報収集を続ける為に一人、領都に残ったのだ。


「ともかく俺達はこのことを若に伝えなくちゃいけない。エラインダー領を出るまで安心できないぞ」


 部下達はそう確認すると、領境を目指すのであった。

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