第609話 距離を縮めたいですが何か?

 リュー達の隅っこグループに数合わせで入った転入生イエラ・フォレスは、だからといってリュー達と仲良くするかというと、そういうわけでもなかった。


 基本、単独行動だったし、昼食もリュー達に誘われて食堂の個室に案内するも、一人の方がいいということで、断られていたのだ。


 どうやら、一人の方が落ち着くということらしいのだが、リュー達にすると制服を崩して着る様子や他の者とつるまない姿勢に「反抗期ではないか?」という仮定の結論に至った。


 とはいえ、自分達のグループに入ったのだし、お互いのことを知って交流を深めようとリュー達はイエラ・フォレスに積極的に話しかけることことにした。


「イエラさんは、遠い国から転校してきたんだよね? どこの国? 僕はこの国の南東部の辺境に位置するランドマーク領から来ているんだ、よろしくね」


 リューが簡単に自分の出身地を話した。


「我の国はすでに滅んでないのだ。だから、名乗れない」


 金髪のポニーテールに茶色の目をしたイエラ・フォレスは淡々とだが、全く暗さがない声音でそう答えた。


「……それは、失礼なことを聞いてごめんね?」


 リューはいきなり自分が地雷を踏んだと思って、言葉に詰まり、謝罪する。


 するとランスが俺に代われとばかりに、リューの背中を軽く叩いて、前に出る。


「へー。じゃあ、この国には新たに移住する場所として選んで来た、ってことか? ここは良い国だぜ。何と言っても王家が素晴らしいからな。それでイエラは何が得意なんだ? 俺は体を動かすのが得意だぜ」


 王家の侍従長を務めるボジーン男爵家の嫡男として王家を褒めつつ、質問した。


「この国には知っている人がいたから、興味を持ってきたのだ。だから、今のところはこの国を知ることが我の一番の目的だ。──我の得意分野か? ……多分、ほぼなんでも得意だと思うが、そっちの少年より能力はあると思うぞ」


 イエラはランスの質問に迷うことなく応じると、最後、リューを指差した。


 これには一同もギョッとする。


 当然ながら、全国の優秀な学生が集まるこの王立学園において、リューは二年生の首席だから、それはこのメンバーの中で一番自分が優秀だと言っているのと同じだからだ。


「……イエラさんは初めてだから、知らなくて当然だけど、リューはこの学園でも一番優秀な生徒、それも化け物級だから比べない方が良いよ?」


 イバルがイエラが後で恥をかくことになると思ったのだろうやんわりと注意する。


「ちょっとイバル君、化け物扱いはやめてよ!」


 飛んだ流れ弾を食らったリューが、思わずイバルを注意した。


「なるほど、そうか……。確かにざっと見てみると、このグループには彼に敵う者はいないようだ。我も気を遣うことにしよう」


 イエラ・フォレスはそう言うと、身を正す。


 だが、イエラの言い方だと、リューより上だが、気を遣って加減するよ、とも聞こえる。


「言ってくれるじゃない。うちのリューに勝てると思っているの?」


 今度はリーンが前に出て、イエラの大きな胸辺りに指を差して応じた。


「ちょっと、リーン。喧嘩腰な態度はやめなって」


 リューが慌ててリーンを止める。


 リューとしては、このイエラ・フォレスが初めて見た時からずっと気になっていた。


 それがなぜかはわからない。


 ただ、気になるのである。


 別に恋心を頂いたとかではなく、どこかで会った気がするのだ。


 だが、それが思い出せないのである。


「……リュー君を取り合う二人の女子。……ドキドキするね」


 シズが大きな誤解を生むような解釈でリズ王女につぶやく。


「え? そういうことなの? ──(あっ!)……これが、王宮でメイド達が噂話していた三角関係……、なのね……?」


 リズ王女はシズの話を鵜呑みにして、真剣にそう答える。


 国王自慢の優秀な王女も恋愛関係になると全くその知識はないようだ。


「シズ、変なことをリズに吹き込むな」


 ナジンがそう言うと、チョップをシズの頭に叩き込む。


「……痛いよ、ナジン君……。 ちょっとした冗談じゃない」


 シズがナジンの容赦のないツッコミに反論する。


「相手は王女殿下なんだから変なことを教えるなって言っているんだよ」


 ナジンはこの幼馴染のシズの大曲解とそれをリズ王女に教えることを注意するのであった。


「勝てなくはないと思うが……。我としては目立つ気はないのだ。これからは気を付けよう」


 イエラ・フォレスはリーンの指摘に淡々と答えると、自分の胸辺りを指差すリーンの指を払う。


「言っとくけど、リューに挑戦したいなら、まずは私を相手にしなさい。話はそれからよ」


 リーンはリューの従者だから、さらにイエラ・フォレスに応じる。


「それなら、自分が先ですよ、リーン様」


 黙ってみていたリューの護衛役、スードがここにきて挙手した。


「二人とも、イエラさんは僕と勝負したいなんて一言も言ってないからね?」


 リューは三人の間に入って止めるのであった。



「……大変。スード君が入って、四角関係になったよ」


 シズがまだ、この展開をリズ王女につぶやく。


 完全にこの辺りになるとシズも楽しんで冗談を言っているのだが、傍のリズ王女は真剣な表情でシズの冗談を聞いている。


「四角関係……!? シズ、私の見識ではそれは未知の領域過ぎて、理解が追い付かないわ。詳しく説明してくれるかしら?」


「スード君は、リーンに矢印が向いているでしょ? そのリーンは多分リュー君。イエラさんもあの感じだとリュー君でしょ。そして、肝心のリュー君は誰に向いているかわからない状況なの。もしかしたらリュー君の矢印はス──」


「だから、誤った情報をリズに吹き込むな!」


 シズが明らかに拗らせた曲解を元にまた、リズ王女に吹き込もうとしたので、ナジンが再度チョップで頭にツッコミを入れる。


「だから、痛いよ、ナジン君!」


 シズが涙目で頭を摩りながら答える。


「結局、距離は縮まったのでしょうか……?」


 そんな状況の中、黙って様子を観察していたラーシュが誰にでもなく聞くような口ぶりで、


「「「さあ、どうだろ……?」」」


 とイバルやランス、ナジンの三人が冷静なラーシュの問いに疑問で応じるのであった。

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