第607話 探りを入れましたが何か?

 新学期二日目。


 リューはいつも通り、朝の仕事、ランドマーク間の輸送、ファイ島での海産物の仕入れ、ノーエランド王国間の輸送を行ってから、学園行きの馬車に乗り込む。


 この日は、ノーエランド王家や貴族達から配達の依頼があった。


 そう留学生であるエマ王女達の荷物をお願いされたのだ。


 夏休み明けの新学期は行事予定が多い。


 普通は夏休みの間に準備を行うのだが、エマ王女達は来年からの予定を前倒しして今学期から留学したので、準備もままならないところがあったから、リューが間に入ることでその準備を滞りなく行えるように、手紙の伝達や荷物の輸送も有料で請け負っているのだ。


 今回は、一週間後に行われる学年別の剣術大会にエマ王女一行から特別参加枠が設けられたので、宰相の息子サイムス・サイエン(十五歳)、海軍大元帥の孫シン・ガーシップ(十五歳)、平民の天才少年ノーマン(十三歳)が急遽参加することになり、その為の装備品をノーエランド側が用意したのでリューが運ぶことになった形である。


 リューの馬車はエマ王女達が滞在しているビルに向かう。


「学園で渡せばいいのに」


 リーンがわざわざ朝から寄り道する必要性を感じないと思ったのかそう指摘する。


「別にそれでもいいんだけど、そうすると荷物になるからね。通学の途中だし届けてあげようかなって」


「本当はそれだけじゃないでしょ? 留学生のみんな、それぞれ素質がかなりありそうだから探っておきたいんじゃない?」


 リーンがリューの考えはお見通しとばかりに鋭い指摘をした。


「はははっ、正解。エマ王女殿下の護衛役でもあるシン・ガーシップ、ノーマンの両者はもちろんのことサイエン・サイムス君も結構な腕の持ち主っぽいからね。今回の剣術大会、ランス達も油断したら試合が荒れるんじゃないかと思っているんだ」


 リューは素直に認めると、真意を語る。


「そうね。聞いた話では、エマ王女殿下、サイエン・サイムス、シン・ガーシップの三人は本来四年生の学生なのにリズに合わせて二年生に転入してきたんでしょ? 普通に考えたらその分、強いはずよね」


 リーンもリューに賛同すると留学生組の能力を推測した。


「だから、少しはこっちも情報を、──あ、到着した」


 リューはミナトミュラーエマ王女滞在ビルに到着すると、馬車から降りる。


「「「若、おはようございます!」」」


 ビルの一階はミナトミュラー商会の事務所になっているので、従業員達がリューの姿に気づいて整列して挨拶をする。


「うん、みんな、おはよう。今日も仕事頑張ってね」


 リューは気軽にそう答えるとビルの三階に上がっていく。


 すると上からリューを確認したのか、留学生一行の責任者である男装の麗人、テレーゼ女男爵が階段を上がりきったところで出迎えてくれた。


「これは、ミナトミュラー男爵。朝からどういったご用件でしょうか?」


 テレーゼ女男爵はリューが本国との連絡役も行ってくれているから、何か起きたと思ったようだ。


「おはようございます、テレーゼ男爵。学園行事である剣術大会に必要な革の胸当て、三人分を預かってきたのでお届けに参りました。──どうぞ」


 リューはこの仕事に真面目な雰囲気のある美女にマジック収納から出した荷物を手渡す。


「わざわざお手数をおかけしました。ありがとうございます」


 テレーゼ女男爵はリューの気遣いに素直に感謝するとその荷物を受け取る。


 そこへ各部屋の扉が開かれ、エマ王女達が出てきた。


 通学時間だからだ。


「あら、リュー様。お越しになっていたのですか? おはようございます」


 エマ王女は穏やかな笑みを浮かべると、リューを歓迎する。


 リューは一同が揃ったので改めて荷物を届けに来たことを告げた。


「それはご迷惑をおかけしました、リュー殿。──確かに我がサイエン家の印が入った荷物です。確かに受け取りました。ありがとうございます」


 宰相の息子サイムス・サイエンは眼鏡をクイッと上げると、真面目に応対して荷物を受け取る。


「リューの旦那、ありがとよ。これを付けて剣術大会では優勝するつもりだから、助かったぜ」


 海軍大元帥の孫シン・ガーシップは好意的ながら不敵な笑みを浮かべてそう宣言した。


「……ミナトミュラー男爵、僕もありがとうございます。こちらで用意するには時間もお金もかかるので助かりました」


 平民の天才少年ノーマンは、現実的なことを口にしてリューに感謝する。


「いえいえ。──みなさんやる気十分ですね。でも、うちの同級生達も十分強いので油断しないでください」


 リューは剣術大会参加予定のサイムス・サイエン、シン・ガーシップ、ノーマンはタイプがそれぞれ違うがやる気を見せているのをすぐに感じた。


 やはり、ノーエランド王国の代表としての責任を感じてのことだろう。


 淡々としているノーマンも学費は国から出ているはず。


 きっとその分責任は感じているはずだ。


 みんないい面構えをしている。これはランス達も油断したら足を掬われるかもしれない……。


 リューは剣術大会が面白くなりそうだと思い、心躍らせた。


「みなさん、そろそろ通学しましょうか。学園まで近いとはいえ、私達がギリギリ通学することになっては、ノーエランド王家の者として恥ずかしいので」


 エマ王女は男の子同士の熱いノリを感じたのかうふふっ、と笑みを浮かべると注意する。


「そうでした。それでは行きましょうか」


 リューはそう言うとリーンを連れて、階段を下りていく。


 その後ろ姿を見て、


「……シン、勝てそうか?」


 とサイムス・サイエンが友人に聞いた。


「リューの旦那とその後ろに控えているエルフの姉ちゃんは相当強いと思うぜ? うちのじいちゃんにも敵に回すな、と注意されているくらいだからな。まあ、勝負はやってみないとわからないけどさ」


 シン・ガーシップが両手を軽く挙げて未知の対戦になりそうだと答える。


「お前でも勝てるかわからない相手がいるのか……。まあ、私もノーマンもいるから、対戦表次第では勝敗もわからなくなるだろう。三人のうち誰かが優勝できれば良しとしよう」


 サイムス・サイエンはノーエランド王国の誇りを胸に留学している身だから、優勝にこだわりを見せるのであった。


「ほらほら、みなさん、行きますよ」


 エマ王女が同級生全員を頼もしそうに通学に促す。


「そうでしたわ! 姫様を遅刻させるわけにはいかないですわ!」


 最年少十一歳の才女アリス・サイジョーは剣術大会について蚊帳の外だったが、すぐに時間のことを思い出すとみんなの先頭を切って一階に下りていくのであった。

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