第606話 続・おにぎり屋開店ですが何か?

 ノーエランド王都のミナトミュラーおにぎりビル一階で開店した『おにぎり屋』は王家が推奨していることもあり、注目を浴びることになった。


 リューは成功を疑うことはなかったが、共同で『おにぎり屋』を運営し、お米の仕入れを担当するスライ・ヒカリコシ会長、とろろ昆布の製造提供と海苔の開発を担当しているプケル会長の二人は元が家畜の餌ということもあり、多少は成功するか不安に感じていた。


 それだけにこの初日の大盛況はその一抹の不安を一蹴することになった。


「美味しいのはわかってたんだけど、こんなに大盛況になるとは、さすがに予想できませんでしたよ……」


 スライ・ヒカリコシは目の前の光景に笑みがこぼれる。


「本当にそうだな。うちのとろろ昆布は縁の下の力持ちということで評価されづらいところだが、誰も不満を漏らす人がいないということは、邪魔になっていないことだと思うから、ようやく安心できそうだ」


 プケル会長はおにぎりを包むように使用されているとろろ昆布について不満が出ていないことに安堵していた。


「プケル会長のところの昆布の佃煮のおにぎり、結構評判ですよ」


 リューが二人の会話に入って嬉しい事実を告げる。


「本当ですか、リュー殿!?」


 プケル会長はパッと表情を明るくして聞き返す。


「ええ。特に年配の方が好んで頼んでいる様子でしたね。僕も先程セットで頼んで食べましたが、特に一口を口にしてから、そのあとにオーク汁を含んだ時の味が、最高でしたよ。とてもいい出来だと思います」


 リューはお昼にリーンとスードの三人でセットを注文して食べていたので素直な感想を漏らした。


「そうですか……。良かった……。これはリュー殿にお願いされている海苔も早く開発して完璧なおにぎり作りの一助になるようにしますよ!」


 プケル会長はおにぎり屋にとって地味な役回りだが、食べやすさの為にもとろろ昆布と海苔は確実に必要なものだ。


 手にお米をべたべたつけながら食べるのと、そうでないのでは確実に今後、お客のリピート率に関わってくる問題である。


 それだけにプケル会長の存在は『おにぎり屋』にとって大きいのであった。


「このまま、王都内に二店舗、三店舗と作って問題なさそうですね。そちらはスライさんにお任せしますよ」


 リューはプケルのやる気に頷きながら、王都の店舗拡大については、スライ・ヒカリコシに任せる。


 もちろん、三者で話し合いは行われ、どこに店舗を構えるかまで協議しているから運営の問題である。


「ああ、任せてくれ! お米を王都中に広める為なら俺はいくらでも頑張りますよ!」


 元々、米穀店を経営するスライ会長にとって、お米の食用化は念願だったから気合の入り方が違う。


 まして、ここまで初日で大盛況になったとあっては、もう、何も阻むものはないというところであった。


「スライさん、王都どころかノーエランド王国中に広めますよ。そして僕は、その勢いでクレストリア王国王都にも店舗を展開します」


 リューもそう言うと目を輝かせる。


 さすがにノーエランド王国のように、お米の生産が比較的に多く、知名度も高いところに、王家が推奨してくれたことに比べると、クレストリア王国内では、すぐに広まるかは微妙なところだろう。


 しかし、美味しいのは確かだし、食べてもらえれば次からも、食べてもらえる自信はある。


 それにお米は腹持ちがいい。


 気軽に手に取って食べられるし、持ち運びにも優れているから、いかに宣伝するかにもよるところだ。


 そういう意味で、リューはミナトミュラー商会として責任者のノストラと綿密な打ち合わせをする必要性がありそうであった。


「クレストリア王国で流行らせるにはリューの言う『海苔』は欠かせないかもね」


 リーンがリューの気持ちを察してそう指摘する。


「そうだね。やっぱりおにぎりは、海苔があって完璧だと思うから、海苔は早く完成させたいところだね。そこはプケル会長にお任せします」


「おう! 任された! 良いものを作るから期待してくれ!」


 プケル会長自信をもって答えるとドンと胸を叩くのであった。



 こうして、始業式当日に開店したノーエランド王国ミナトミュラーおにぎりビル本店は大盛況のまま、夕方になる前には大量に用意してあった具も底を尽き完売となった。


「想像以上の反響だったね。お昼に食べたお客さんが夕方また、訪れるほどだったし、どうやら、ノーエランド王家の期待にも応えられそうで良かったよ」


 リューは『次元回廊』でランドマークビル前まで帰ってくると、リーンとスードに安堵のため息を吐く。


「そうなのですね。それは良い話を聞けました」


 丁度、ランドマークビルの正面に止まっていた馬車からエマ王女が降りてきてそう答えた。


 そして続ける。


「あ、盗み聞きするつもりはなかったのですよ。こんばんは、リュー様」


「あ、エマ王女殿下、こんばんは。どうなされたんですか、こんな時間に」


 リューはエマ王女が自分達を待っていたようだとわかり、驚いた。


「遅いのです! 姫様を待たせるなんて、失礼ですわ」


 エマ王女の傍には大臣の娘で、まだ、十一歳の才女であるアリス・サイジョーがエマ王女殿下に代わりそう注意する。


「アリス、押し掛けてきたのは私なのだから、リュー様を責めるのは筋違いよ。──すみません、リュー様。今日は無事始業式を迎えることが出来たことのお礼を言いたくて訪れたのです。ありがとうございました」


 エマ王女はそう言うと、頭を下げた。


「姫様、頭を下げるのは王家の沽券に係わるのですわ」


 アリスは慌ててエマ王女を止める。


「いえ、ここは他国です。それにこんなに良くしてもらっている相手に感謝の為に頭の一つも下げられないようでは、それこそノーエランド王家は狭量だと言われます」


 エマ王女はアリス・サイジョーを諭すように、答えた。


「そうだぜ、アリス嬢。ここで残り数年間学生生活を送る身としては、世話になる相手に礼の一つもしないでいる方がヤバいって」


 エマ王女の護衛役であるシン・ガーシップが周囲に気を配りながら、エマ王女に賛同する。


 ちなみに、同じく護衛役でもある平民の天才少年ノーマンは黙って空気になっていた。


 平民の立場では貴族のアリスに反対する形で王女に賛同することも難しいのだろう。


「……私が間違っていたのですわ。失礼な態度ですみませんでしたわ」


 アリス嬢はそう言うと、リューに頭を下げる。


「いえ、僕はクレストリア王家からもエマ王女殿下に出来るだけ協力するように申し付けられていますので、始業式後はすぐにいなくなってすみません。先程言った通り、ノーエランド王国王都で『おにぎり屋』の開店日だったもので、そちらに行っていたもので時間がかかりました……。改めてお待たせしてすみません」


 リューもアリス嬢の顔を潰さないように、改めて謝る。


 彼女にしても、国の代表としてエマ王女殿下を守り、王家の名を汚さないように神経を尖らせているのはわかっていた。


 それにまだ、彼女は十一歳の少女だ。


 妹ハンナと同じ歳だから、そういう意味でもリューはそんなアリス嬢に気遣いを見せるのであった。


「それでは、リュー様はお忙しいでしょうから、今日はこれで帰りますね。クラスは違いますが、明日からも学生生活よろしくお願いします」


 エマ王女はその美しい面に笑顔を見せると、一礼して馬車に乗り込む。


「こちらこそ、わざわざありがとうございました。また、明日学校で!」


 リューも手を振ってエマ王女を見送る。


 アリス嬢達も馬車に乗り込むと、一行は帰っていくのであった。


「でも、わざわざお礼を言いに来るなんてエマ王女殿下って律儀ね」


 リーンが感心したように、リューに漏らす。


「異国での学生生活を楽しんでいる感じがするから、その延長線上な気がするけどね。だって、馬車内にランドマークビルで買い物した包みや袋がチラッと見えたから」


 リューは笑って答えるとスードを帰らせ、二人は自宅へと戻るのであった。

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