第603話 始業式ですが何か?

 新学期はいろんな意味で混乱があるものになりそうであった。


 まず、先代の老師学園長が、夏休み前に病気で引退することになった為、新学期から新しい学園長に代わっていたこと。


 これは残念なことであったが、玄関前での新学園長の態度を見る限り、こちらへの印象があまり良くないのは、リューも理解できた。


 そういう意味では、新学期はまた、忙しくなりそうだとリューは嘆息する。


 そして、もう一つは、この学期からノーエランド王国からエマ王女を中心として優秀な留学生達がやってきたことであった。


 こちらはリューのサポートで来訪しているが、他国の王家だし、取り巻きも宰相の息子から公爵家の孫に大臣の娘である才女、平民から選ばれた天才少年とキャラが濃いメンバーである。


 本来四年生だった者も含まれているので、そんな優秀者達が二年生の授業に入ってくるとなると、学年成績順にも波乱が起きるかもしれない。


 こういった事から、リュー達二年生の学園生活に大きな影響が出そうであった。


 そんなエマ王女一行は、玄関前で待機していた新学園長で元宮廷貴族のチューリッツ元伯爵に出迎えられ、新教頭のコブトール男爵(魔法省からの異動)が先導して職員室に案内されていく。


 リューも案内をお願いされていた手前、そのあとに続こうとしたが、新学園長チューリッツが、それを手で制した。


「ミナトミュラー男爵だったかな? 君はここまでで結構、教室に行き給え」


 そう告げると、エマ王女一行の後ろをゆっくりついて行く。


「……やっぱり、なんか嫌われているよね? 言い方も、視線も冷たいものを感じたし……」


 リューは初めて会ったはずである新学園長の、自分に対する身に覚えがない冷たい態度に困惑しながらリーンに漏らす。


「本当よね。失礼な態度だったわ。ランドマーク家の馬車でリューが先導してエマ王女一行が登校したことも不満みたいよ?」


「え、そうなの? ますますわからないなぁ。ランドマーク家に対して何か反感がある人なのかな?」


 リューも心当たりがないので首を傾げるしかない。


 ともかく、エマ王女一行は新学園長に任せることにして、教室へと向かうのであった。



「お、リュー、リーン、おはよう! 新学期早々、早い登校だな! スードもまだ来ていないのにさ」


 同級生のランス・ボジーンが、まだ、あまり人がいない教室にリュー達が入ってきたのでそう報告した。


「はははっ! そういうランスこそ早すぎでしょ。どうしたのこんな時間に」


 リューはそっくりそのままランスに返すように応じた。


「俺は親父から特別な留学生一行が来るから、場合によっては助けるようにと言われて早く来させられたんだよ。──ここだけの話だけど……、他国の王女一行が転入してくるらしいぜ? どこのクラスになるかわからないけどな?」


 ランスはほとんど誰もいない教室で声を潜めてリューに教える。


「それは知っているよ。僕とリーンが案内してきたから」


 リューは神妙な顔つきのランスをクスクスと笑いながら、答えた。


「え、そうなのか? ──なんだよ、また、二人が関わっているのか! リズは当然知っているだろうし、声を潜めて損したぜ」


 ランスは機密情報のような気持ちで、慎重になっていたらしく、リューが知っていたことに気抜けする。


「急な留学での転入だからね。ほとんど誰も知らないことだから、そうなるよ。はははっ!」


 リューは笑って応じるのであった。


 そのあと、他の生徒達も登校してきて時間になると大講堂で始業式が始まる。


 そこで前学園長が病気で引退したことが発表され、それに代わって、新学園長と新教頭の自己紹介が行われることになった。


 新学園長であるチューリッツの挨拶内容は、やたらと中立公平という単語がでてくるものであったから、きっとその言葉好きなのだろうということをひそひそと話す。


「……チューリッツ新学園長は宮廷貴族の元伯爵で確か五年ほど前に引退していたと思うわ。だから今は五十五歳ね。王家やエラインダー公爵派閥と距離を置いた中立政治を主張していた人物だから、今回の学園長への抜擢になったみたい」


 リズ王女が整列しているみんなにひそひそと教えてくれた。


「……そうなの? その割に僕、朝に会ったら凄い目で睨まれたんだけど……」


 リューもひそひそとリズに答えた。


「……そうなの? ……もしかしたら、王家がリュー君に授与した『王家の騎士』の称号が気に食わないのかもしれないわ。それだけ、王家に近いことを意味するから、彼が提唱する中立政治の精神からはかけ離れている立場だと思っているのかも……」


 リズ王女は少し考えるとそれっぽい理由を教えてくれた。


「……なるほど。そういうことか……。王家に近すぎる貴族は害悪だとか考えているのであれば、あんな視線にもなるのかな。さらにはノーエランド王家とも近いとわかれば、なおさら……か」


 リューは朝の一件を思い出すとリズ王女の言葉にも合点がいくのであった。


「……新教頭のコブトール男爵は、魔法省の官吏をしていた宮廷貴族で、今回のチューリッツの指名で人事異動になったみたい。彼も中立政治を提唱する一人だったから指名されたのかもしれないわ」


 リズ王女は丁度、壇上で自己紹介をしている小太りで背が低いスキンヘッド、白い口ひげを蓄え、茶色の目をした男性(四十五歳)について教えてくれた。


「……へー。僕はそんな二人に早速嫌われているみたいだから、あまり関わりたくないかも……」


 リューは苦笑するとリズ王女相手に愚痴を漏らすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る