第600話 留学先ですが何か?

 ノーエランド王国から戻った翌朝。


 リューはエマ王女御一行を迎えに行くことにした。


 すでにリューは前日の夜のうちに部下に命じて、エマ王女が王都に滞在するにふさわしい宿泊場所を用意させている。


 あまりの速さに、命じたリューも驚いたものだが、その場所を聞いて納得した。


 というのも候補に挙がったのが、ミナトミュラー商会が保有するビルの一つだったからだ。


 階数にすると三階部分全てをエマ王女達に適正価格で貸し出す。


 リューはノーエランド王国側のミナトミュラーおにぎりビルに到着すると、すぐに馬車を出して王宮に向かう。


 すると、王宮ではすでにエマ王女と優秀な生徒達の送別会が準備されていた。


 どうやら、今回の留学はノーエランド王国の『真珠姫』と名高いエマ王女だけでなく宰相の嫡男に有力貴族の子息令嬢、平民ながら将来が期待される天才少年を他国に向かわせるので、国家の威信もかかっているようだ。


「……よくよく考えたら、ただの留学なわけないもんね……」


 リューも到着してノーエランド王国側に手厚く歓迎されると、リーンにそう漏らした。


 そこへソフィア・レッドレーン男爵令嬢が駆け寄ってきた。


「ミナトミュラー様、どうか姫様をよろしくお願いします」


 そう言うとソフィア嬢は深々と頭を下げた。


 どうやら自分だけ、エマ王女の傍に居られないから、この将来の弟になるかもしれないリューにお願いするしかなかったのだ。


「お任せ下さい、ソフィア嬢。兄ジーロの婚約者に頼まれたのだから、当然無事送り届けますよ」


 リューもエマ王女の側近としてこれまで生きてきたソフィア嬢の心中を察すると、笑顔で応じてその重荷を外してあげる。


「ありがとうございます。姫様達のこと、本当によろしくお願いします」


 ソフィア嬢はこの頼もしい婚約者の弟の言葉に救われた思いで笑顔で感謝するのであった。


 送別会には国王、宰相、大臣が列席していたので(子供達を見送る立場だから)、地味に送り出す事など不可能であり、リューもそれに巻き込まれる形である。


 両国の交流が第一の目的ということで、やはりというべきか、ノーエランド側は、優秀な者を学年問わず人選していたことがここでわかった。


 宰相の息子であるサイムス・サイエンとシン・ガーシップも同じく四年生だったが、王女の護衛に相応しいとして同行させることにしたらしい。


 結局のところ本来の二年生は財務大臣の令嬢で飛び級している神童アリス・サイジョー十一歳と平民の天才児ノーマン十三歳だけのようだ。


 そうなると学力はこちらの二年生より上回っている可能性も高いから、新学期は荒れるかもしれない、と思うリューであった。


 控えめとは言えない送別会がようやく終了し、リューはエマ王女と同級生達、そして、王女の世話役であるメイド達、その統率者である若いテレーゼ女男爵などが別室に揃うとリューの前に並ぶ。


「それではテレーゼ男爵から、あちらにお送りします。あちらにはうちの関係者がいますので、そちらの言う事に従ってください」


 リューはそう言うと、珍しい女性貴族の手を取る。


 黒い長髪に黒い瞳、日焼けしているがとても健康的な男装の麗人という感じで、スタイルが良いのもはっきりわかる美人だが、その身のこなしは武人のそれだ。


「……わかりました。ミナトミュラー男爵、よろしくお願いします」


 テレーゼ女男爵は頷くと、次の瞬間には、王宮の室内からどこかの外に立っていた。


「こ、ここがクレストリア王国の王都……? そして、説明に聞いたランドマーク伯爵の所有するランドマークビルですか!? こんなに高い建造物を一貴族が所有しているとは……」


 テレーゼ男爵は呆然と五階建てのランドマークビルを見上げる。


 そこにメイド達が次々と『次元回廊』で運ばれてくるから、テレーゼ男爵の驚きも一瞬のことであった。


「ノーエランド王国のみなさんですね。私は皆さんを迎えるように命じられた、マカセリン伯爵と申します。ようこそ、クレストリア王国へ。みなさんが揃い次第、新居の方へと案内させてもらいます」


 そこに、南部視察の際に王女の側近として付き添ったマカセリン伯爵がクレストリア王国側の出向かえの使者としてテレーゼ男爵を歓迎する。


「お出迎え感謝します。マカセリン伯爵。私は今回の留学生達の世話を任されたテレーゼ男爵と申します。お手数をおかけします」


 テレーゼ女男爵はそう応じると、握手を交わすのであった。



 ランドマークビル前に全員が到着すると、ほぼ全員がリューの『次元回廊』とランドマークビルの高さに驚いていた。


 驚いていないのは、一度きた事があるエマ王女くらいだ。


「それではみなさん、新居にご案内しますので各自馬車に乗り込んでください」


 マカセリン伯爵はノーエランド王国の一団にそう告げる。


 そして、リューに、


「ミナトミュラー男爵の『次元回廊』は相変わらず凄いな」


 とニヤリと笑って評価すると、自らも馬車に乗り込み、リューが用意した新居に案内するのであった。



「……ここの三階が私達の住居になるのですか?」


 テレーゼ女男爵は先程の五階建てのビルほどではないにせよ、三階建てで十分高い大きな建物を見上げてそう口にした。


「はい。学園寮に比べれば、かなり快適に過ごせるかと思います。三階の一番広い部屋をエマ王女殿下とアリス嬢の二人に。その隣の部屋はメイドの四人部屋。そして、他の広い部屋はサイムス・サイエン殿、シン・ガーシップ殿の二人部屋。ノーマン殿は一人部屋。最後に、王女殿下の向かいの部屋にテレーゼ男爵とさせてもらいました。問題なかったでしょうか?」


 リューはマジック収納で預かっていた荷物を出すと、部下が用意した三階の区分け表を見ながら、そう確認する。


「ここが私とアリス嬢のお部屋ですね?」


 エマ王女は解放感からか楽しそうにリューに聞くと、扉を開き室内を確認した。


 そして、リューの「はい」という返事を聞くと中に入っていく。


 すぐにメイド達がその後に続いてエマ王女の荷物を室内に運び込む。


 アリス嬢もそれに続き、メイドと一緒に箱から荷物を出して、用意された洋服ダンスや棚にいれていくのだから、まだ、十一歳だがとても仕事が出来て優秀なのがわかった。


「それでは、各自、自分の部屋に荷物を運び込んでください」


 テレーゼ女男爵はエマ王女が先に確認してしまったのを見て、みんな部屋を確認したくてうずうずしていたのでそう伝える。


 サイムスとシンは、押し合うように自分達の部屋に入っていく。


 ノーマンは、平民の自分に個室をくれる配慮をしてくれたリューに頭を下げて感謝すると、部屋に入っていった。


「あ、テレーゼ男爵。何か不自由があった際は、一階のお店の者になんでも申しつけてください。うちの商会の者ですので」


 リューは一番大事なことを伝える。


「……ということはもしや……。この建物の所有者はミナトミュラー男爵なのですか?」


 テレーゼ男爵は、まさかと思い確認する。


「ええ。もし、ここでご満足頂けない時は、王都内にいくつか同じようなビルを所有していますので、それらへの引っ越しも可能ですから、その都度お申し付けください」


 リューはそう言うと、マカセリン伯爵と交代する。


 ここからは王家の使者であるマカセリン伯爵の出番だからだ。


 テレーゼ女男爵はリューの財力に驚いたまま、マカセリン伯爵との打ち合わせに移る。


 リューはというととりあえず自分の役目を終えると、黙ってついてきていたリーンとスードを伴って自宅に戻るのであった。

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