第599話 留学生ですが何か?

 王宮官吏の案内でリューとリーン、スードの三人は、エマ王女達の集まっている王宮の広間に赴いた。


 丁度、エマ王女は同年代と思われる者達と談笑しているところであった。


「あ! ミナトミュラー君、お越しになられたのですね!」


 エマ王女はリュー達の姿を見るなり、談笑の輪から抜け出して、歩み寄ってくる。


「エマ王女殿下、お久し振りです。──急遽のことで驚きましたが、みなさんが王立学園に留学される方々ですか?」


 リューは同世代と思われる少年少女がエマ王女の周囲にいたので聞いてみた。


「ええ。年齢こそばらつきはありますが、ここにいる私を含めた五人が王立学園に留学する予定になりました」


 エマ王女がそう言うと、背後の四人を指し示す。


 よく見ると、そこにはソフィア・レッドレーン嬢がいない。


 リューは、それが予想外に思えたのだが、その態度に気づいたエマ王女が補足する。


「ソフィアは、こちらの学校を卒業次第、ジーロ様のところに引っ越しする予定なので、今回は外れてもらったのです」


「なるほど、兄ジーロも来年には学校卒業ですからね。王都の学校に二年生から通う理由もないですね」


 リューはエマ王女がソフィア嬢に配慮した事がわかった。


 エマ王女は十五歳。


 通常の学校での歳ならば、四年生辺りだから卒業間近のはずだ。


 それをリズ王女に合わせて二年生に転入してくるというのは、両国の交流を重視しての措置だろう。


 そこにソフィア嬢を付き合わせるのは不憫だとエマ王女は考えたのだ。


「それでは紹介しますね。こちらから──」


 エマ王女が一番年長っぽい男性から紹介を始めようとする。


 すると、その年長者っぽい少年が一歩前に出て、


「王女殿下からご紹介して頂くわけには参りません。紹介は自分でしますのでお気遣いなく……」


 とエマ王女に告げる。


「ふふふっ。真面目なんだから。──それではみなさん、ミナトミュラー君に自己紹介をお願いします」


 エマ王女は親しい相手なのかそう応じると、全員に紹介をさせる事にした。


「私はサイムス・サイエン、十五歳です。この国の宰相、サイエン侯爵の嫡男になります」


 深緑の長い髪に青い瞳で長身のクールそうな少年は、そう自己紹介した。


「宰相の息子さんですか!」


 リューも官吏から少し聞いてはいたが、思わず驚いて声を出してしまう。


「今回の留学は我がノーエランド王国の学生代表としてエマ王女殿下が自ら向かうと決意されましたので、自分もその判断に感銘を受けて申し出た所存です」


 サイムスはキリッとした表情で応じる。


 凄くまじめで責任感が強いタイプっぽいなぁ。


 リューはそう印象を受けた。


「アリスは、十一歳ですわ。財務大臣サイジョー伯爵家の次女ですの。この度は王女殿下の身の回りのお世話をするのですわ。ちなみに、こちらの学校では最年少の才女として二年生まで飛び級しているのですわ!」


 と、アリス・サイジョーは小さい背とは反対に偉そうにその小さい胸を張る。


 見た目は金髪縦巻きロールに青い目、そして、年齢の通り他と比べれば、若い。


 そして何より、年齢以上に背が小さいのでちびっこにしか見えない姿である。


 ハンナと年齢も一緒だから、引き合わせるといいかもしれない。


「次は俺だな! 俺はシン・ガーシップ、十五歳だ! 王女殿下の護衛も兼ねて今回付き従う事になった。海軍大元帥のガーシップ公爵の孫って言えばミナトミュラー男爵はわかるよな?」


 銀髪に黒い目で体格がよくて高身長、そして元気のよさは、以前リューにパーティーで部下との試合をさせたガーシップ公爵の姿が浮かぶ。


「ああ、ガーシップ公爵閣下の面影がありますね」


 リューは応じながら苦笑する。


 リューにとってガーシップ公爵は豪快な人だったが、このシンから同じ印象を受けたからであった。


「ミナトミュラー男爵とは、近いうちに手合わせを願いたいな」


 シン・ガーシップはニヤリと笑みを浮かべるのであった。


「……僕の名前はノーマン、十三歳です。エマ王女殿下の護衛も務めることになっていますが、ただの平民ですのでお気遣いは不要です」


 ノーマンはそう言うと、小さくぺこりと頭を下げる。


 シンのあとを継いで自己紹介したのは黒髪に黒い目、身長はリューと同じくらいの少年であった。


 リューの印象だと、彼がある意味、一番普通と思われる少年である。


 と言っても、他の子達の爵位や立ち居振る舞いと比べて目立たないが、このメンバーに入れられる平民がただ者であるはずがない。


 リューはこのメンバー全員、ノーエランド王国の代表として集められた優秀な若者達である事はすぐにわかるのであった。


「──以上、私を含めたこの五名がお世話になります。ミナトミュラー君、急ではありますが、明日の朝、また、ここに来て頂いて、移動のお手伝いをして頂けますでしょうか? もちろん、報酬はお支払いします」


 エマ王女は自らリューと交渉を始めた。


「王女殿下その役目は部下にお任せください」


 傍にいた宰相の息子サイムスが、言い募る。


「この度のエマ王女殿下以下、みなさんの移動は我が国の国王陛下の意思でもありますので、報酬は必要ありません。──というか王女殿下から頂くと僕は報酬を二重に頂く事になるのでそれは駄目ですよ。はははっ!」


 リューはそう答えると笑う。


「それは失礼しました。うふふっ。ミナトミュラー君、明日は王立学園の寮に入る事になっているのでお手伝いよろしくお願いします」


 エマ王女は楽しそうに答えた。


「え? エマ王女殿下、学園寮で生活するんですか!?」


 これにはリューも驚いて聞き返す。


 そして、本当か確認するように宰相の息子サイムスやアリス、護衛役のシン、ノーマンに視線を向ける。


 すると全員、ため息混じりに頷いて見せた。


「ええ。──クレストリア王家からも同じ質問状が送られてきましたが、駄目でしたか?」


 エマ王女はどうやら初めて海外での学園生活という事で、郷に入っては郷に従えとばかりに一生徒として振舞おうとしていたようだ。


「その件については、みなさんのご意見も聞き、改めて僕の方で準備しましょう。それでよろしいでしょうか?」


 リューは苦労が多そうなサイムスの視線を受けてそう申し出る。


「? わかりました。ミナトミュラー君にお任せしますね。みなさん、それでよろしいかしら?」


 エマ王女はその美しい面で笑顔を浮かべると、リューに任せることを認めた。


 これには、サイムスにより、


「ミナトミュラー男爵、王女殿下に相応しい住居の用意を頼む!」


 といわんばかりの無言の熱い視線が向けられたのは言うまでもない。


「はい、それでは一旦、寮生活予定は保留にし、こちらで用意する住居に引っ越してもらう形で再調整させてもらいます」


 リューも笑顔で応じると、サイムス達に親指を立てて「任せて!」の合図を送り、この日は自宅へと帰るのであった。

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