第598話 急なことですが何か?

 ノーエランド王国王都で『おにぎり屋』開店前の最終確認を無事終えたリュー達であったが、あとのことは従業員達に任せることにした。


「この後一杯どうですか? ……と言いたいですが、リュー殿は未成年でしたね……。食事もおにぎりを食べ過ぎてお腹いっぱいですし……」


 ヒカリコシ商会会長スライはまだ、『おにぎり屋』について語り明かしたかったのだが、リューだとそれも無理なようなので残念そうな顔になった。


 それはプケル商会の会長プケルも同じだった。


 プケル会長はファイ島から出張という形で、リューに『次元回廊』でノーエランド王国まで運んでもらってきており、『おにぎり屋』開店を見届けてから、ファイ島に戻る予定でいたので、時間がある限り、語り明かしたい気持ちがあったのだ。


「はははっ、すみません。この後は、この国の官吏の方と会う予定があるので、僕は失礼しますよ。あっ! そうだ、お二人で飲むのであればこちらをどうぞ」


 リューは予定を告げて誘いを断ると、思い出したようにマジック収納から一本の瓶を取り出した。


 それは緑色のガラス瓶で、表面には一枚のラベルが貼ってある。


「「ミナトミュラー商会酒造、ニホン酒『ノーエ』?」」


 スライとプケルの二人はその酒名を一緒に読んだ。


「はい。こちらの国で厳選した酒米で試作した一本ですが、出来がかなり良いみたいなのでお裾分けです。良かったらこのお酒で一杯楽しんでください」


 リューはしれっと酒造職人達が作り上げた傑作を二人に一本渡す。


「おお! ついに完成したのですか!? 以前頂いた『ニホン酒』も驚くほどおいしくて痺れましたが、ついにこっちの酒米を使用したお酒も完成しましたか……」


 スライは酒瓶を受け取ると、感慨深げに見つめる。


「これは美味しそうですな。スライ殿、どこかで早速飲みましょう!」


 プケルは前祝とばかりに、スライに提案する。


「それではリュー殿、我々はお先に失礼しますぞ!」


 二人は飲むのがよほど楽しみなのか、ウキウキしながらスライのお店に向かうのであった。


「王家にも献上していないのに、いいの?」


 リーンがニホン酒『ノーエ』について指摘をする。


「一応、まだ、試作段階で正規品扱いではないからね。まあ、ノストラ曰く『完成形だと言って良いと思うぞ?』と評価していたし、ランスキーやマルコ、ルチーナも唸っていたみたいだから、これでいいとは思うけどね。ただし、まだ、職人の闇魔法を使用しての生産しかできないから、大量には出せそうにないんだ。王家に定期的に献上を求められても困るから、今は身内で楽しむくらいにしておこうかなと」


 リューはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「それなら、タウロにも結婚祝いに上げればよかったじゃない」


 リーンが鋭い指摘をする。


「あっ! タウロお兄ちゃん達、もうお酒飲めるんだったね、忘れてた!」


 リューはタウロとエリス夫人が成人していることを思い出し、頭を抱える。


「あとで、ハンナが渡しておくよ?」


 ハンナがそう申し出る。


「そう? それは助かるかも。じゃあ、お願いね?」


 リューはそう言うとハンナにニホン酒『ノーエ』を渡す。


 ハンナは慎重にマジック収納に納めるのであった。


 そこに、官吏を乗せた馬車がやってきた。


「ミナトミュラー男爵、わざわざ表でのお出迎え恐れ入ります」


 官吏はリュー達が外に立っていたので、自分の到着を待っていたと勘違いして、頭を下げる。


 リューも否定することもないかと思い、笑顔で出迎えるとミナトミュラービル内に案内するのであった。



「それで折り入っての相談とはなんでしょうか? 以前、クレストリア王国間の往来を何度かお手伝いしましたがその件でしょうか?」


 リューはすでにノーエランド王家とは、エマ王女を通して、親しくさせてもらっており、使者の往来を頼まれて『次元回廊』で何度か送り迎えしている。


「ええ。実はクレストリア王家と交渉の結果、若い世代の交流目的の為に、こちらからそちらの王立学園に数名留学させることが決定しまして。本当は来年からの予定だったのですが、リュー殿がおられれば、今学期から転入しても間に合うのではないかという話になり、今回はその為のお願いに参りました」


「え? うちの学園にですか? それはまた、急ですね……。二学期は数日後ですけど準備は大丈夫ですか?」


 リューも全く聞かされていない事なので、驚くしかない。


「先日決まったばかりですからね……。クレストリア王家側は迎えの準備を急いで行っているとの事なので、数日は、宿屋暮らしになるとは思います。一応、我が国からの留学生は、エマ王女殿下、宰相閣下のご子息、大臣のご令嬢など計五名となっておりまして、エリザベス王女殿下と同学年にして頂きました」


「「「えー!?」」」


 リューのみならず、リーンとスードも関係する事だったので驚いて声を上げる。


「あ、確かミナトミュラー殿も同級生でしたね。エマ王女殿下をはじめ、我が国の未来を背負う優秀な若者達ですのでよろしくお願い致します」


 官吏はそう言うとリューに深々と頭を下げた。


「わ、わかりました! それではいつ、お迎えにあがればいいのでしょうか?」


「ミナトミュラー殿の都合が合えばいつでも構いません。エマ王女殿下は新学期当日に間に合えば、問題ないと仰せになっておりますし、今すぐでも準備は整っておられるという様子でしたので……。いつならよろしいでしょうか?」


 官吏は急な事なので申し訳ないような態度でとても腰が低い。


「それでは今から行きましょうか。僕達もこの面会後、王都を散策して、帰るつもりだったので」


「おお! それは助かります! 実は、こちらに向かう直前、すでにエマ王女殿下をはじめ、みなさん用意が出来た後だったので、ミナトミュラー殿と顔を合わせたいとおっしゃっていたのです。ありがとうございます!」


 リューの判断が早く無駄がないので、効率重視の官吏としてはとても好感を持ちつつ、準備万端を伝え感謝の言葉も忘れない。


「それでは、向かいましょうか。あ、ハンナはそろそろ日が落ちそうだから、家に先に送るね」


 リューがそう告げると、ハンナはエマ王女と再会できない事を残念がるのであった。

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