第581話 合宿スタートですが何か?(改)

 ランドマーク本領から魔境の森の境には、リューと祖父カミーザが一緒に作った防壁が広がっていた。


 そして、その傍には砦や魔境の森で働く人々の村がある。


 そこには立派な門があり、その門を潜ると魔境の森、という事でもない。


 その門を潜ると魔境の森に向かって整備された道が続いているのだ。


 道は高い防壁に囲まれていて、時折広場のようなスペースがあって、そこには四方に門がある。


 どうやらそこから、ランドマーク家の農園に続いていたり、魔境の森に出ていく事が出来るようだ。


 初めての魔境の森体験である王立学園の二年生達やクハイ伯爵率いる近衛騎士団、王国騎士団は想像していた危険地帯が、高い防壁に安全を確保されている状況に思いのほか想定外すぎて、間の抜けた表情で道を通過していく。


「このような高い防壁に守られた通路をのんびり作れるくらいなのだから、魔境の森も存外大した事はなさそうだな」


「はははっ。『四大絶地』などと表現する書物もあるらしいが、大袈裟な事だな」


「昔ならいざ知らず、魔法や剣が発達した今となっては、魔境の森というのは尾ひれの付いた過大表現なのかもしれない」


 ランドマーク伯爵家は、王都で有名な地方貴族ではあるが、それは馬車や飲食などブランド化した商品の数々によってであり、それは頭脳と感性でもたらされたものだから、武名のほどは全く想像がつかなかった。


 だから、王国騎士団の精鋭達は、そんなランドマーク伯爵家が治められる程度の魔境の森なら大した事がないだろうと軽く考えてしまったようだ。


 まだ、ランドマーク家と何かと接する事が多かった近衛騎士団の一部の方が、そういった態度はない方である。


 ただし、今回の責任者は近衛騎士団第一隊隊長であるクハイ伯爵であったから、その直属の部下達は王国騎士団同様、少し甘く見ているようにも見えた。


「ふむ、王都で稼いだ資金はこのようなところに使用されているという事か……。きっと陛下から魔境の森について『切り取り勝手』の許可証をもらっているから、領地拡大に力を入れているのだな。資金に物を言わせたやり方は少し浅ましく感じるが……」


 クハイ伯爵は同じ伯爵として、あまり感心しないといった様子である。


 もちろん、それは誤解である。


 魔境の森の環境が、ランドマーク家の売りであるバナーナ(バナナ)やイイチゴ(イチゴ)などの珍しい果物や、主力商品である『チョコ』の原料、カカオンの生産に向いているから開拓しているだけだ。


 別に父ファーザは領地拡大主義者ではないから、誤解を生む見解をするクハイ伯爵には、道案内をしているリューや領兵隊も少し不満なのであった。


 安全な通路を真っ直ぐいくと、魔境の森の奥地に入っていく。


 まあ、奥地と言っても、周辺は開拓して、領民達も出入りしている区域であるから、比較的に安全なのであったが。


 もちろん、ある程度安全が確保されている区域だから、サバイバル合宿に使用する事にしているのだが、クハイ伯爵とその部下、そして、王国騎士団の面々は、その安全区域を見て、魔境の森は大した事がないと改めて判断したのであった。


 そして、何度目かの防壁に囲まれた広場に到着すると、リューとランドマーク領兵隊は停止する。


「この先を真っ直ぐ行くと魔境の森の未開拓地とも接していて多少危険なので、その手前のこの門を出た先の土地でサバイバル合宿を行う事になっています」


 リューが大きな声で全員に伝える。


「やっと着いたー!」


「ここまで何時間も歩いたから疲れた!」


「もう昼かぁ、昼食までは配給だよな?」


 生徒達はここまで緊張感なく安全なルートを来ていたので、まるで緊張感がない。


 それは警備責任者のクハイ伯爵とその部下達も同じであった。


「それでは門を開けて、魔境の森に出ますよー!」


 リューも魔境の森には慣れ親しみ過ぎて緊張感がない点については同じだったから、掛ける声も和やかなのであった。


「「「はーい」」」


 生徒達も遠足気分で返事をする。


 そして、門が開かれると、そこには防壁の無い道が真っ直ぐ続いていた。


「この先に、今回の合宿を行う森の一部を整地した広場が数か所広がっています。クラス毎に使用する事になっているので、詳しい事は各自担任の先生や担当警備の方に聞いてください」


 ランドマーク領兵隊は、先にその数か所の広場に手分けして散開すると、近衛騎士団と王国騎士団もクラスごとの生徒誘導に努める。


 王女クラスであるリュー達は、リューの先導の下、用意された広場に到着した。


「結構広いな!」


 ランスが森の中に出来た広場を見て、そう感想を漏らす。


 ちなみに広場は全部で九か所あり、護衛責任者であるクハイ伯爵が宿泊する広場を中心に他の八か所は円状に広がっている。


 何かあった場合、クハイ伯爵が部下を連れて駆け付けやすいようにとの事で指定されたからこのような形になっていた。


 クラスごとに分かれた広場の中心で担任のビョード・スルンジャー先生からの注意事項が行われると各自散っていく。


「じゃあ、班ごとに配られたテントを設置して、寝る場所の確保をしようか」


 リューはリズ王女をはじめとしたいつもの隅っこグループのメンバーに提案する。


「「「はーい」」」


 ランス達は返事すると、各自役割を決めてテントの設置を始めるのであった。


 ちなみにリズ王女クラスの生徒数は三十数人であり、それを三つに分けてある。


 ひと班、十人くらいという事だ。


 班と言ったら五人程度を想像するが、警備上、少数で行動されると困るのでこの処置であった。


「テントを設置して、配給の食事を終えたら、夕飯の確保なんだけど……。僕達は狩り自体は参加できるけど、どこが適した場所で良いかは言えないから、みんな地図を見て判断をよろしく」


 リューはそう言うと、地図を傍にいたイバルに渡す。


「そうだった、リューとリーンの土地勘には頼れないんだったな」


 イバルは了承すると、リズ王女、ランスやナジン、シズ、ラーシュを集める。


「自分も主と一緒でここには土地勘があるので、場所選びなどはアドバイスできません」


 とスードもダメな事を告げる。


「仕方ないな。じゃあ、俺達で夕飯確保の為の罠や狩りをやるか。それで、リューの代わりに誰がリーダーをやる?」


 イバルが仕切るのかと思ったら、急に全員に聞いた。


「そう言われるといつも仕切っているリューでいいんじゃないか、って言いたいんだが、今回それは駄目なのか……。よし、イバル任せた!」


 ランスは考えるの止めて、リューの部下でもあるイバルにお願いする。


「おい。それなら成績順なんだからリズだろ」


 イバルはランスにツッコミを入れると妥当な提案をした。


「……イバル、そこは気を遣って普段忙しいリズに代わってやるところだろ」


 ランスがもっともらしい指摘をする。


「じゃあ、やはり、イバルだな」


 ナジンが、成績順で四位だったイバルを指名する。


「うっ……」


 イバルは強く拒否できなくなった。


「いえ、他の班はちゃんと規則通り成績が一番の人がリーダーになっているし、私がやるわ。それではみんな、頑張りましょう」


 リズ王女は、公平性を考えて進んで承諾すると、サバイバル合宿スタートを告げるのであった。

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