第574話 東部、南部視察ですが何か?

 リューは東部において、友人であり、同盟を結んでいるコーエン男爵とひとしきり情報交換を行った。


 内容は、隣国と結びつきが強いと思われるシバイン侯爵派閥の動向から、その隣国自体の動きについてで、さらに、リューはあれを確認せずにはいられなかった。


「──この東部で『カバネ』という組織は知られていますか?」


「『カバネ』、ですか? ──おい、タイラー。聞いたことがあるか?」


 コーエン男爵はリューがまじめな顔で聞いてきたので大事な話と察したのか、右腕であるタイラーに確認を取った。


「『カバネ』……、『屍』……、ああ! そういえば、最近派閥の長であるサクソン侯爵様の領都にチンピラが集まってそんなグループを作って徒党を組んでいるのがいましたね。 ですが、こちらの兵隊によってすぐに潰されて郊外に退散したはず。それが何か?」


 タイラーにとってはとるに足らない相手だったようで、不思議そうに聞き返す。


「ここにまで!?」


 リューは例の半端者の集団、『屍』がこんな東部にまで進出していた事に驚いて声を上げてしまった。


 そもそも一応念の為に聞いただけだったから、まさかここまで来ているとは、と驚かずにはいられない。


「……何か問題のある組織なのか?」


 コーエン男爵は、リューの驚く姿を不審に思い、念の為聞く。


 リューはそこで王都周辺の各貴族の領地などで確認される謎の多い大きな勢力だという事を伝えた。


「……規模だけ聞くとかなり大きいな。──タイラー、本当にただのチンピラ集団なのか?」


 コーエン男爵はタイラーに再度確認する。


「はい。構成メンバーは裏社会にも溶け込めなかった下っ端連中で、神経が一本足りない馬鹿や一時的に非行に走ってチンピラに成り下がっている若い連中など半端以下の集まりでした。あまりに統制が取れていない無法者集団だったのでうちの連中が、サムソン領都の治安も考え、街から叩き出した感じですね」


 タイラーは部下から連絡が来ていた内容を思い出しながら答えた。


「ミナトミュラー男爵が警戒する連中だ、うちでも警戒を怠るな。最近の馬鹿な連中はすぐ道具凶器を出して振り回すのが増えているって言ってただろう?」


 コーエン男爵はリューへの信頼が厚いから、部下に注意を促した。


「奴らが人を刺せるほど度胸があるとも思えませんが……、下には注意するように言っておきます」


 タイラーも『蒼亀組』の恩人であるリューが警戒する相手なら、注意するべきなんだろうと思い直すと頷くのであった。



 こうして、久しぶりの東部視察はコーエン男爵と有意義な時間を過ごし、情報も収集すると予定の通り、夕方には『次元回廊』で王都に戻る事にした。


 リューが自身で名付けた『簡易回廊』は、一度王都に戻ると、『次元回廊』の出入り口を設置していない場所は丸一日経たないと再度戻る事は出来ない。


 一日一回が限界なのだ。


 だが、滅多に行かない場所はそれで充分であったから、とても便利である。


 リューは翌日は南部の王家直轄領、エリザの街に行く予定なので、この日はリーンと情報を精査して資料にすると早々に休み、スードは自宅へ帰る。


 ミゲルは資料を持ってマイスタの街に戻った。


 サン・ダーロはランドマークビル四階の空き部屋で一時的に生活する事になっている。


 一応、リューとみんなへの連絡係として王都やマイスタの街など、リューがよく行く場所を中心に道を覚えている最中だ。


 地図も渡しているが、今はリューの傍で学んでいる最中であった。



 翌日、リューとリーン、スード、サン・ダーロの四人は、『簡易回廊』で南部へと視察に向かった。


 場所は王家直轄領エリザの街。


『竜星組』傘下『シシドー一家』事務所である。


「若、姐さん、お久し振りです!」


 シシドーは連絡も無しに訪れたリューを不審がる事なく、事務所でリュー達を歓迎した。


「シシドー元気? 今日は視察に来たよ」


 リューは日々、南部の裏社会で勢力を伸ばし続けているシシドーを買っている。


「もちろんです。──うん? 見かけない顔がいますね。新顔ですか?」


 シシドーはサン・ダーロに気づくと、リューに確認する。


「今日はうちで雇う事になったサン・ダーロとの顔合わせもついでにね。うちは今、ランスキーに情報収集部隊を率いさせているのだけど、このサン・ダーロに伝令や情報収集などを任せてランスキーの仕事量を減らしてあげようかなとね。この南部一帯でも情報収集部隊は活動しているでしょ」


「へい。ランスキーの旦那の部隊にうちも任せている状態です。よくサウシーの港街との伝令や、最近うちと抗争状態の『鬼面会』の情報収集でも活躍してもらっていますよ」


 シシドーはサラッと現在抗争中である事を説明する。


 ちなみに『鬼面会』とはサウシーの港街で以前組織化された『エリザ連合』をまとめていたのが『鬼面会』から送り込まれていた幹部だった。


 シシドーはその幹部の頭を得意の鉄球付き鎖で吹き飛ばしてから、この『鬼面会』とはバチバチであったのだが、やはり抗争に発展したらしい。


「『鬼面会』はどんな感じ? 確か南部派閥の一つエラソン辺境伯の領地に勢力を持つ組織だよね?」


 リューは南部抗争を思い出してシシドーに聞く。


 エラソン辺境伯とは王女リズと息子を結婚させようと画策した人物で、その息子がバカ息子でリューにボコボコにされた過去があるので、因縁のある相手だ。


「へい。うちが有利に進めているんですが、最近、よその新興勢力と結んでうちに抵抗しようとしてますが、想定内なんで大丈夫そうです」


 シシドーはそう言うと問題がない事をアピールする。


「へー、新興勢力? 今この南部で一番の勢力はシシドー一家、次が鬼面会でしょ?第三の勢力が台頭してきているの?」


 リューは初耳だったから、興味を惹かれて聞いた。


「そんな感じです。『屍』っていう組織で、数はそこそこいますが、素人の集まりみたいな連中なんで問題ないですよ」


 シシドーはまたサラッと怖い事を言った。


「『屍』!? あっ……。こっちにはまだ、その情報を伝えていなかったかぁ……。シシドー、実は──」


 リューはここでも『屍』についての説明をする。


「……若が警戒している組織、ですか……。最近、南部地域に急に表れて最初は驚いたんですが、先ほども言った通り素人の寄せ集めみたいな連中なんで警戒を解いたばかりでした。ですが、若の言う通り、そいつはきな臭いですね……」


 シシドーは武闘派だが、それと同時に頭がすごく切れる男だ。


 リューの説明からすぐに、過去に感じた違和感を思い出して、何か納得したように頷く。


「うーん……。王都以外の地域だとこんなに名前が出てくるのか……。これは本当に不気味な組織だなぁ。ランスキーの調べでもただの寄せ集めのチンピラ集団という報告なんだけど、国内中に大きく展開しているだけでも巨大なのは確かだよね……。それに気づいているのは、もしかしたらうちだけかもしれない……」


 リューは少なくとも東部と南部には勢力を伸ばしつつあるこの頭が見えない組織が一層不気味に感じるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る