第573話 東部視察ですが何か?

 リューは連日、ノーエランド王国では、お米の仕入れと出店準備を、ファイ島では海産物の仕入れとおぼろ昆布の生産、そして、海苔作りの為の足掛かりをプケル商会に任せるところまで準備をして回った。


 あとはおにぎりの中身の具についてであるが、そちらはすでにリューがマイスタの街の職人達と打ち合わせをしていくつか用意しているから、問題はなさそうだ。


 そこまで進むとようやくリューはここのところ赴いていない東部への視察を行うことにした。


 東部と言えば、裏社会での抗争が真っただ中で、『赤竜会』と『黒虎一家』が未だ終わる事のない熾烈な潰し合いを行っている。


 そこでリューの『竜星組』と同盟関係である蒼亀組であるが、それを静観している状態だ。


 一見すると、抗争中の両者で勝った方が大きくなって蒼亀組を潰しそうな気がするが、蒼亀組は両者の抗争には首を突っ込まない事を宣言しつつ、周囲の中立組織や抗争で四散した下部組織の連中の吸収を積極的に行っている。


 これらは蒼亀組の組長であるコーエン男爵が部下に命じて行っていた。


 そのコーエン男爵は両勢力からは正体が知られておらず、謎の人物として警戒されていたのだが、現在、両者は衝突している最中なので、それどころではない。


 それに両者ともこちらからちょっかいを出して、蒼亀組側に動かれるのを恐れているから余計な詮索はしていないようだ。


 とはいえ、『赤竜会』も『黒虎一家』も相手を潰すのに必死であったから『蒼亀組』の事は二の次であった。


 そのコーエン男爵のもとにリューはリーンとスード、ミゲル、サン・ダーロを連れて訪れていた。


 ミゲルはリューのもとで若い衆のまとめ役をする一人である。


 前回の東部抗争においては蒼亀組幹部と腕比べをした経緯で知らない仲ではないので、連れてきていた。


「おお、ミナトミュラー男爵、久しぶりだな!」


 コーエン男爵は久しぶりの再会に体格的には小さいリューを相手にハグする。


「お久しぶりです、コーエン男爵。それで、その後はどうですか? うちにはこれといった騒ぎは起きていないと報告が来ていますが」


 リューはコーエン男爵のハグに応じたあと、体を離してから聞き返した。


「ここだけの話、うちは勢力としてかなり大きくなってきたぞ。ミナトミュラー男爵のアドバイス通り、両者の抗争には余計な手出しはしない一方で、抗争で被害を出し、上に従う事にうんざりしている連中に声をかけ、寝返らせている。特に『黒虎一家』の傘下にいた連中がうちにかなり流れてきている。もちろん、ナンバー3のゴートンと幹部候補の有力な若い精鋭を大量に失った『赤竜会』も組織としてガタガタだからな、あそこも下の連中の離脱が激しくなっている。うちはそこに声をかけるだけの楽な状態で済んでいるよ」


 コーエン男爵は、右腕であるタイラーとカゲンにそれらを行わせており、よほどうまくいっているのだろうホクホク顔だ。


「上手くいっていて良かったです。でも、『赤竜会』の動きには気を付けてくださいね? あそこは資金は豊富ですし、隣国から人材も流れてきていますから」


 リューが水を差すようだが大事な指摘をする。


「ああ。わかっている。ミナトミュラー男爵に負けた蜥蜴人三人組もそうだったな。──そう言えば、その三人組もそちらからうちへ派遣する形で働いてくれているが、かなり助かっているよ。だが、あれだけの人材、うちが預かっていていいのか?」


 コーエン男爵は、まじめに働いている蜥蜴人三人組の事について聞く。


 その三人組とは隣国から『赤竜会』に来て、そこから王都の『黒炎の羊』に派遣されていた巨体でタフな蜥蜴人族達だ。


 リュー達に敗れて捕らえられ、その後、祖父カミーザのところに送り込まれて『更生』し、その後、コーエン男爵の下に送り込まれていたのである。


「本人達の希望はどうなんです? 今の仕事に満足しているのかどうかで考えますが……」


 リューは三人組から不満が上がっているという連絡は来ていないので、近くで見ているコーエン男爵に聞いた。


「いや、三人組からは一言も不満は聞いていないな。しかし、彼らも『竜星組』の構成員なわけだから、うちで働くよりはミナトミュラー男爵の下で働きたいのではないかな?」


「今、不満が出ていないという事は問題はないでしょう。それに三人は性格的に抗争に近い場所での方がやりがいを感じるタイプでしょうから」


 リューはそう言うと、コーエン男爵の下で今後も働かせる事にした。


 なんなら、移籍させていいかもしれない。


 本人達が望めばだが。


「そうか、それなら、正直助かる。うちの傘下に入る中立グループや元『赤竜会』、『黒虎一家』の連中はこちらの実力を測りたがるからな。その時、三人が実力を示してくれるから説得が楽なんだ」


 コーエン男爵も急激に大きくなってきている『蒼亀組』において、幹部クラスの人材育成は重要で、現在の漁夫の利を得ている状況で実力を示す事ができる部下は一人でも多くほしいのだ。


「お気持ちはわかります。僕も人材確保で苦労してますから」


 リューはこの年こそ十三歳でコーエン男爵は三十五歳と、両者の歳は離れているものの、同じ男爵で派閥の長に忠誠を誓い、裏の顔を持つなど当てはまる事情が多いこの男にはかなり親近感を持っている。


 コーエン男爵もそれは一緒だったし、何よりコーエン男爵の『蒼亀組』は『竜星組』の前身である『闇組織』を元に作られ、現在は『竜星組』を参考にしており、リューの事を尊敬していたから、二人の間に師弟関係に近い友情があるのは事実であった。


「それで、以前に提案してもらった件なんだが……」


 コーエン男爵はリューに畏まって聞く。


「ああ。人材派遣ですね?」


「ああ。確かシーパラダイン軍事商会だったか? ミナトミュラー男爵にはそこを仲介してもらい、契約したいと思っている」


 コーエン男爵はどうやら、部下の育成や人手不足を補う為に、次男ジーロの商会に力を借りたいようだ。


「わかりました。近いうちに担当者を連れてきますので、細かい話はそちらとお願いします」


 リューは笑顔で握手を交わす。


 何しろ蜥蜴人三人組も次男ジーロとは『更生施設』で顔を合わせており、その凄さは理解している。


 三人組からその次男ジーロのシーパラダイン商会について説明を聞けば、それは頼みたくもなるというものだ。


「これで、東部の心配もなくなるし、ジーロお兄ちゃんの懐も潤う。一石二鳥だね!」


 リューは傍にいるリーン達にそう言うと、満足そうな笑みを浮かべるのであった。

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