第572話 海藻商品ですが何か?

 リューはノーエランド王国で新たな部下を得て、今度はファイ島に移動する事にした。


『雷光のサン・ダーロ』はノーエランド王国では、敵が多くて居づらいという事で、とりあえず、一緒に連れていく事にする。


「こ、ここは!?」


 サン・ダーロは、リューの『次元回廊』で王都から、どこかの港街に移動している事に驚きすぎて固まった。


 それはそうだろう、事前に言われる事無く、リューの手を取ったら、次の瞬間には景色が変わっているのだ。


 普通に混乱して頭が真っ白になってもおかしくない。


「こんな事で驚いていたら、リューの部下は務まらないわよ? ──リュー、サン・ダーロはやっぱり、カミーザおじさんのところで一旦修業させた方がいいんじゃないかしら?」


 リーンが怖い事を言う。


 ただし、サン・ダーロはそれが何を意味するのか分からないから、ポカンとしている。


「スード……殿。カミーザおじさん……、とは?」


 サン・ダーロは今後の自分の運命が変わりそうな名前を、傍にいたスードに聞く。


「主の祖父殿だ。一族最強の戦士でもある」


 スードが端的にそう説明する。


「……何ででしょうか? 凄く命の危機を感じるんですが……?」


 サン・ダーロは説明してくれたスードの言葉から本能的に生死に関わりそうだと勘が訴えていた。


「……いや、サンには今後、その雷光のような動きを活かして、情報収集やその伝達係を務めてもらおうかと思っているから。──それとも以前のように殺し屋稼業がいい?」


 リューは、サン・ダーロに一応確認を取る。


「できれば、殺し屋稼業からは足は洗いたいところです。でも、ボスが望むなら殺しも厭いません」


 サン・ダーロは真剣な表情になると、自分の処遇についてリューに任せる姿勢を示した。


 どうやら、しっかり腹は括ったようだ。


「うん。僕も適材適所で仕事は任せたいからね。サンには、僕が行く場所をしっかり覚えてもらおうかな。地形もしっかり、頭に入れてね」


「はい、わかりました、ボス! ──ところで、ここは、どこでしょうか……?」


 サン・ダーロは見なれぬ風景にきょろきょろと周囲を見渡す。


「ここはファイ島だよ。それじゃあ、行こうか」


 リューはそう言うと、以前お世話になった料亭の料理長のもとに赴くのであった。



「おお、ミナトミュラーの旦那じゃないですか! こんな時間に珍しい。どうしました?」


 料理長はいつも水産物の仕入れは朝早くに来るリューが昼過ぎに訪ねてきたので驚いていた。


 リューはこの料理長にお願いしてその日の旬の水産物を漁港の市場で仕入れてもらっているのだ。


「今日は昆布を扱う業者を紹介してもらいたくて」


「コンブ? ああ、海藻の事ですか! この島で昆布を扱う業者というと……、プケル商会ですね。それなら、私の名で手紙を書いておくんでそれを渡してもらえれば、大丈夫です」


 料理長はそう告げると弟子に紙とペンを持ってこさせて手紙を書き、リューに手渡す。


「サン、早速、仕事だよ。プケル商会までひとっ走りして手紙を届け、会う約束を取り付けてきて。僕達も向かうから。──料理長、明日も朝に来ますのでその時はよろしくお願いします」


 リューは手紙をサン・ダーロに渡すと、料理長にお礼を言う。


 料理長はサン・ダーロにプケル商会の場所を教えると、リューに頭を下げて見送るのであった。



 リュー達が馬車でゆっくりプケル商会のある港街外れに向かっているとサン・ダーロが戻ってきた。


「ボス、すぐに会ってくれるそうです」


 サン・ダーロは息一つ乱さず、リューに伝える。


「ご苦労様」


 リューはそう言うと、サン・ダーロも馬車に乗せ、プケル商会に向かう。


 しばらく進むと、浜の傍に立つプケル商会が見えてきた。


 浜の近くには海藻が天日干しにされている。


「あんた達かい。料理長の紹介って人は?」


 プケル商会の会長、プケルが店先から出てくると馬車から出てきたリューに声をかける。


「初めまして、プケルさん。今日は商談に来ました」


 リューはそう言うと軽く挨拶する。


「商談? ──中に入ってくれ」


 プケルはそう言うと、リュー達を招き入れる。


「それで、うちの昆布に興味でもあるのかい?」


 プケルは世間話もする事なく単刀直入に用件を聞く。


「はい、厳密にはそれを加工して一つの商品を作ってもらい、うちに卸してほしいんです」


「ほう……。それはどんなものだい?」


 プケルは興味を惹かれたのか、少し身を乗り出す。


 リューは一言、


「とろろ昆布です」


 と告げる。


「とろろ昆布?」


 プケルは首を傾げる。


 初めて聞く名だからだ。


 そう、リューはおにぎり用にとろろ昆布を開発しようとしていた。


 最初は海苔を作ってくれる業者を探そうかと思ったのだが、海苔作りは思ったより難しい事から、一時的にもそれ以外の代用品を考えていたのだ。


 それがとろろ昆布である。


 とろろ昆布は昆布を何枚も重ねて圧縮させ、それを人力で削り出すもので、お米に合うからおにぎりの海苔の代用品として、考えていたのであった。


 リューは道具をマジック収納から出して、作り方を説明する。


 すでに道具については職人に試作品を作ってもらっていたのだ。


「……昆布を何枚も重ねて圧縮し、それを削り出す、か」


 プケルは顎に手をやって想像しなかった製造方法に考えを巡らす。


「それを可能にするのが、この道具類です。これは全てこちらから提供させてもらいます。あとはプケル商会の自慢の昆布を材料にしてもらうだけです」


 リューはそう説明すると、契約代金も具体的に提示する。


「!? 昆布で新商品が作れるならありがたい話だ。 それにうちは貧乏な商会だ。この額で契約してくれるなら、なんでも作るが……」


 プケルには美味しい話なので、すでに乗り気だ。


「それでは、契約で。二週間後までに試行錯誤して頂き、良いものを作ってください。もちろん、その費用はうちが持ちますので。あと、これは長期計画ですが海苔の製造にも着手してもらいたいと思っています」


 リューはそう言うと握手を求める。


「海苔? それがどんなものかわからないが、作り方を教えてもらえるなら、いいぞ。それにうちもこの商会を今後どうしたものかと考えていたところだったから、仕事をもらえるのはとても助かる。やれることはなんでもやるさ!」


 プケルはこの美味しい話に、迷うことなくがっちりと握り返すのであった。

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