第571話 雷光ですが何か?
リューは米穀店の店主スライ・ヒカリコシと一緒に、お米の選考を行う。
「リュー殿の言っていたおにぎりに向いているものの特徴から、三種類選んでみました」
スライはそう言うと、従業員に命じて、炊き立てで作った、塩おむすび三種類を持ってこさせ机の上に並べた。
「それでは早速……」
リューは詳しい話を聞かずに、左端のものから、掴んで口に頬張る。
リューは目を閉じてしばらく噛み締めると、すぐに真ん中のご飯を同じく噛み締め、続けて右端のご飯と無言で味わう。
リューは少し考えると、今度は真ん中のものをまた、口にする。
リーンとスライ、そして、リューの部下達もあとに続いて、おにぎりを頬張っていく。
スードは自分は関係ないと思ったのか、黙って後ろで微動だにしない。
みんながそれぞれを口にするのを待ってから、リューは、
「……うん。僕は真ん中のものがいいと思いました。両端のものより甘みは弱いですが、粒感と口ほどけがいいですね。それに具材を入れるのでバランスが取りやすいものだと思いました」
「……賛成です。塩おむすび単品だったら粒感もあって甘みの強い左端ですが、リュー殿の言う通り、具材を中に入れるなら、真ん中がいいと思います」
スライはリューの言葉に賛同した。
「そうね。私は右端が味的には甘みもあって美味しいなと思ったけど、手に引っ付きやすいくらい粘りを強く感じたから、おにぎり向きではないかも」
リーンは指に付いたお米を拭き取りながら、リューの意見に賛成する。
部下達も異議なしと同意する。
「それじゃあ、左端は塩おむすびや混ぜご飯用、真ん中がメインの具材入りおにぎり用、右端が丼ものや主食用としてうちが全部仕入れるよ」
リューはみんなの意見が一致したので、笑顔になるとそう決定を下した。
「三種類全部ですか!? それはそれぞれ作っている農家も喜ぶので嬉しい事ですが、そんなに需要……、ありますかね……?」
スライは、リューの羽振りの良さが心配になるところであったが、リューはすでにラーメン屋で焼き飯の類は出して評判になっていたから計算の内だし、ノーエランド王国の食糧事情が一変するであろう事業であったから、かなり強気であった。
「もちろん、あるよ。ノーエランド王国はこれから需要は伸びるし、すでにクレストリア王国ではうちのお店で出して実際に売れているから」
リューはしっかりそこを説明すると、スライと握手を交わす。
「……わかりました。こちらの三種類の生産農家とも大規模契約を交わしておきます」
スライはリューの言葉に勇気を得たのか、頷くのであった。
「よし、それじゃあ、出店予定地探しはみんなに任せるよ」
「へい!」
付いてきていた部下達にそう告げると、リューとリーン、スードは『次元回廊』の出入り口になっている拠点へと戻る。
馬車ではなく徒歩だったので、三人は話しながら拠点へ向かう。
「……リュー、誰かつけてくる奴がいるわ」
リーンがリューの耳元で囁くように警告する。
「何人?」
「一人よ」
「え?」
リューはてっきり以前のチンピラが仲間を連れて仕返しに来たのかと思ったので、拍子抜けして聞き返す。
「どうするの?」
「拠点まで案内したくはないから、路地裏に誘い込もうか」
リューはそう言うと、すぐ傍の路地裏に飛び込む。
リーンとスードも素早く続く。
尾行していた人物は気づかれたと思ったのか急いであとを追う。
路地裏の奥ではリューが仁王立ちしてこの尾行者を待っていた。
傍にはスード。
だが、リーンの姿はない。
「……やはり、バレていたか」
尾行者はそう言うと、目深に被っていたフードを払い、その顔を自分からリューに見せた。
「あ、確かサン・ダーロとかいう殺し屋だったっけ?」
「元だ!」
リューの指摘にサン・ダーロは食い気味に修正を入れてきた。
「……で、何の用かな? 尾行は感心しないよ?」
リューはサン・ダーロから殺気を感じないので、警戒を解いて聞く。
「……あんた、よその国の貴族だってな?」
「よく知っているね。──あ、雇い主から聞いたのか」
リューはこちらの身元がバレている事に納得した。
「……俺を雇う気はないか?」
「? もしかして、クビになったの?」
リューはこの腕利きのサン・ダーロがクビになるとは思っていなかったから、確信が持てず、聞き返した。
「あんたにやられて負傷したから、ゴスリーマ子爵に実力を疑われて、クビになったんだよ……。お陰で『豪鬼会』と『風神』の連中からまた、命を狙われるようになっちまった。だから、雇ってもらえないか?」
「何よ、ただの就職活動なの?」
サン・ダーロがハッとして後ろを振り向くとリーンが立っていた。
リーンはつまらなさそうにしながら、サン・ダーロの退路を断っている。
「うーん……。正直、君の事を知らないからね……。まあ、腕がいいのは認めるけど」
リューも突然の就職活動に困った様子だ。
「頼む! 俺はこの国の裏社会で生きる事にうんざりしていたんだ。だから、貴族に雇ってもらって足抜けしたのに、このザマだ」
サン・ダーロはリューに祈るポーズを取ると、お願いする。
「でもなぁ……。──言っておくけど、僕も同業者だからね?」
リューは苦笑して、事実を伝える。
「え?」
サン・ダーロは思わず、目を点にして聞き返した。
「同・業・者。この国じゃなく、別の国の、ね?」
「……あんた、この国の王女様を助けた、よその国の貴族の英雄……、だよな?」
サン・ダーロは身元がしっかりしている貴族で、英雄の同業者なんて聞いた事がないので改めて確認する。
「はははっ! それも合っているけどね?」
リューは笑って同意する。
「……結局俺は裏社会でしか生きられないという事なのか……。──わかった、それでもいいから雇ってくれ! 誰かの後ろ盾なしでは、俺はもうこの国じゃ生きられそうにないんだ!」
サン・ダーロは溜息交じりにつぶやくと、必死になって頭を下げる。
「……まあ、僕から一度は逃げ延びたくらいだから、雇おうかな? リーン、それでいい?」
「別にいいんじゃない? とても必死だし、なんだかかわいそうになってきたもの」
リーンはちょっと同情するように言う。
「リーンの賛同も得たし、サン・ダーロ、君を僕の部下にしよう」
「本当か! 助かった──」
サン・ダーロがぶっきりぼうな言葉で感謝を述べようとした瞬間だった。
リーンが一瞬で距離を詰めると蹴りでサン・ダーロの足を刈り、その場に前のめりに倒して上から押さえつけた。
そして、
「雇い主であるリューへの言葉遣いには気をつけなさい!」
と、サン・ダーロを叱責する。
「は、速い……! ──す、すみませんでした、ボス!」
サン・ダーロはリュー以外にも化け物がいた事を石畳に押さえつけられた状態で知り、慌てて謝罪するのであった。
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