第575話 牙城ですが何か?

 リューはマイスタの街でミナトミュラー商会本部に顔を出していた。


 目的はいくつかあり、一つは副会長であるノストラとノーエランド王国に商会支店を作る打ち合わせ、もう一つは技術研究部門の部長であるマッドサインから見解を聞く為である。


 ノストラとは予算や人材の派遣については書類で確認していたので、打ち合わせはすぐ終わった。


「若、『竜星組』の方はかなり慌ただしくなっているみたいだが大丈夫かい?」


 ノストラは現在、表の顔であるミナトミュラー商会の副会長だから、裏の『竜星組』についてはマルコに任せている。だから、ノータッチなのだ。


「ちょっと、予想外な地域から『かばね』の情報が入って、情報収集の範囲を広げる事になってね」


 リューは東部、南部視察の結果をノストラへ簡単に知らせる。


「……それなら、商会の流通網を使って情報を集めた方が早いぜ? 現在、南部とは若の『次元回廊』で運ぶ荷物以外にも商隊を編成して行き来がある。東部も似たようなものだ。北部は若い衆のアントニオに会長をさせているダミスター商会に酒の密輸を任せているから集めやすいし、西部はすでにランスキーの旦那の部下が入り込んでいるが、うちからも西部での商機を狙って何人か派遣しているからな。そこに一人二人、『竜星組』の人間を混ぜておけば、スムーズだろ」


 ノストラは簡単なことだと、ばかりに提案する。


 これにはリューも目からウロコであった。


 つい表と裏の顔は別々にしていたので、表の事は表で解決し、裏の事は裏でやるという棲み分けをしていたのだ。


 もちろん、その方が問題が起きた時など、責任の追及やその逆の場合にとぼける事が可能であった。


 だから、ランスキーの情報収集部隊も表と裏とは関係ない別の形で収集させていたし、『竜星組』も独自に情報収集をさせ、それをお互いすり合わせる形で齟齬をなくす形になっている。


 ミナトミュラー商会もそれは同じであったから、お互い何かあっても単体で行動できるのだ。


 だが、ノストラは自分のところに『竜星組』の人員を入れていいという。


「……確かに。各地にゼロから支部作りをするとなると面倒だけど、現地を知っている人間がいる状態ならスムーズだね」


「もちろん、今回のような緊急的に情報網を大きく広げる時に限るけどな。これを常態化して、表と裏の区別のない組織にしたら、それはすぐに駄目になる。色々とな」


 ノストラもリュー同様、裏の問題が表沙汰になった時、表の商会も道連れになるからそれを危惧しての事だ。


「うん、それはわかっているよ。これからは、商会が流通網を広げる時は、『竜星組』の方もそれに合わせた方がいいのかな?」


 リューは効率を考えてそう口にする。


「それだと、同時期に動いている事が符合して、ミナトミュラー商会と『竜星組』の関係性が疑われるんじゃない?」


 黙って聞いていたリーンが鋭い指摘をした。


「あ、そうだね……。やっぱり、表も裏も独自に動いてもらう基本方針は変えず、今回だけの緊急措置にしよう。──ノストラ、マルコと話し合ってその辺詰めてもらっていいかな?」


「任せときな」


 ノストラは頷くと、奥に引っ込むのであった。


 リューもそのまま、商会の奥にある技術研究部門に向かう。


 次は、マッドサインとの面会だからだ。


「若様、待ってましたぞ」


 マッドサインはそう言うと、傍に置いてある魔法大砲をペチペチと叩いて見せた。


 その魔法大砲は、ファイ島沖合で海賊に襲撃された折、リューが返り討ちにした際に敵から回収した武器だ。


「それでどう?」


「私の作った魔法筒を大きくした改良版ですな。軍の研究所であの技術は不完全という事で私が失敗作と判定して処分したのですが、どうやら情報が外部に漏れたのか……。まあ、漏れたならどこからかは容易に想像がつきますがね?」


 マッドサインはそう言うと、意味ありげに告げた。


 リューもそう言われて予想はつく。


 それはエラインダー公爵に情報を流し続けていたマッドサインの当時第三助手に降格されていたオクータ男爵だろう。


 過去には魔法花火の技術を研究所に寄越すようにリューの下に押し掛けてきた事もあるからよく覚えている。


「研究所時代の品で間違いないですか?」


 リューは念の為再度確認する。


 なにしろ研究所のものと断定するなら、その先にいるのはエラインダー公爵だからだ。


 この調査結果は王家に提出するつもりだから、情報はなるべく確実なものだけにしたいところであった。


「ええ。魔法陣の構築が私が研究所で使用していたものです。ちなみに、ミナトミュラー商会で開発した魔法大砲用の魔法陣は、若様の案で一から構築し直したものなので、全然違いますが」


 マッドサインはそういうと、基礎技術となる二つの魔法陣を示す。


「……確かに全然違うね。──なるほど、これなら、うちは関係ない事が証明できるし、情報漏洩したのが軍研究所のものである証拠にもなるね。よし、王家への報告書はこれで作成しよう」


 リューは今回の海賊の技術はどっちの技術も知っているマッドサインから漏れたという可能性の指摘も王家から追及される場合があったから、この情報の扱いには困っていたのだ。


 だが、軍研究所時代の技術は極秘扱いで、守秘義務のもと、マッドサインは口外厳禁として魔法契約を交わしていたので、却下した技術でも核心部分をよそに漏らした事はない事をマッドサインが胸を張って公言したから、問題なさそうであった。


「……エラインダー公爵の牙城に切り込む事にしようか」


 リューは、ようやく掴んだ情報をもとにエラインダー公爵の裏側への追及の為、気合を入れるのであった。

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