第568話 帰国ですが何か?

 ゴブリンハントという種のムササビデビルをハンナの為に購入したリューは、夜も遅くなってきたので王城に戻る事にした。


 馬車内でハンナはムササビデビル(オス)に、サビという名を付けて、撫でている。


 サビはハンナに撫でられて気持ちよさそうに目を閉じていた。


「お帰りなさい。どうでした、夜の街は?」


 城門の門番が、リューの顔を見て、誰かすぐ理解すると、話しかけた。


「とても、楽しかったです。あ、ペットを購入したんですが、持ち込んでも大丈夫ですか?」


 リューはそう言うと、ハンナがムササビデビルのサビを抱き上げて窓に近づけた。


「あ! それムササビデビルじゃないですか! どこで買いました? そいつ、とても利巧なんですが、姑息な商人によっては、ペットに使用する従属魔法で従えたまま売り飛ばし、頃合いを見計らって金品を購入主から盗ませ、自分の下に飛んで戻らせるという事をするので気を付けた方がいいですよ? よく国外から来た観光客相手にやる詐欺です」


「え!? ……ハンナ、サビはもしかしたら……」


 リューは門番の指摘で確かに怪しい気もした商人の顔を思い出し、ショックを受けていないかハンナの顔色を窺った。


「大丈夫だよ。その魔法はすでに解除しておいたから」


 ハンナはサビを両手で抱き上げたまま、当然とばかりに答えた。


「「そうなの!?」」


 リューとリーンも油断して気づいていなかったので、それを知って驚く。


「うん。この子がその魔法を嫌がってたから解除したの。──ねぇ、サビ?」


 ハンナは笑顔で答えるとサビに聞く。


 サビは、


「きゅる!」


 と小さく鳴いてハンナに頬ずりする。


「……さすが、ハンナ。繊細な魔法に関して、僕は勝てる気がしないよ……」


 リューはリーンと視線を交わすと苦笑する。


「持ち込みは許可を取らないといけないんですが……、ムササビデビルだしなぁ……。あ、でも、明日には帰国されますし、大丈夫……、かな? ──隊長! いいですかね!?」


 門番が門の内側にいる上司に声をかける。


 二人はしばらく何か話していたが、隊長から了承してもらったのか、笑顔で戻ってきた。


 そして、


「あとは先程お話しした件に気を付けてください。帰国前に詐欺被害が起きるのだけはこちらも勘弁なので」


 門番はそう言うと通行を許可する。


 リューはハンナと一緒に感謝の言葉を述べると、王城内に入場するのであった。



 翌日の朝。


 王都の軍港前には、クレストリア王国親善使節団一行の見送りに、王家と貴族が集まっていた。


 だがこれは、実は形式的なものである。


 というのも、リューの『次元回廊』については、ノーエランド王家の一部はすでに情報を共有しているで船に乗り込むまでは一応見送るが、どこか適当なところで錨を下ろし、固定したところでリューがみんなを『次元回廊』で王都のランドマークビルまで運ぶ手筈になっている。


 なぜ、船で帰らないかと言うと、リズ王女の判断で滞在期間が一日延びていたからだ。


 それが出来たのは当然リューがいたからであるが、リズ王女も他の同行している者も予定があるので、リューに送ってもらう事になった。


 船団の方は、元海賊である船長のヘンリーに任せる形である。


「リズ、また、いつか会いましょう」


 エマ王女は船に乗り込む前のリズ王女の手を取ると、友人として声をかける。


「ええ。ミナトミュラー君がいるから、きっと大丈夫よ」


 リズ王女もエマ王女を友人として手を取ると、そう答えた。


「それでは」


 リズ王女が他の見送りに来ている王家の人々や貴族達に手を振ると乗船する。


 ノーエランド王国の軍船の先導の下、船が出港すると、周囲から花吹雪が舞って見送られると、親善使節団一行の船団はノーエランド王国をあとにするのであった。



 沖合に出て、船団は錨を下ろすと、リューの『次元回廊』でリズ王女達を次々と王都のランドマークビル前に送り届けていく。


 最初、船は錨を下ろして海上に固定しているとはいえ、波で上下に動くから心配していた。


『次元回廊』の出入り口は空間に固定しているから、その上下のせいで船の方に戻ってくる時など危ないのではないかとおもっていたのだ。


 しかし、意外に『次元回廊』の出入り口が自在に大きくなったので足元を気を付ければ、問題はなかった。


 リューはリズ王女をはじめ、コモーリン侯爵、近衛騎士のヤーク子爵、各使用人達、そして、近衛騎士達一団と旅の荷物を次々に送り届けると、リーンにスード、母セシル、妹ハンナもついでに運ぶ。


「──それじゃあ、ヘンリー! あとはよろしくね~!」


 リューは旗船である『エリザベス号』に乗船していた関係者全員を運んだ確認をすると、隣に停船している『竜神丸』の船長ヘンリーに大きな声で頼んで手を振る。


「了解です、若様! あとは任せてください! ──野郎ども、錨を上げろ!」


 ヘンリーはそれに応じると錨を上げるように命令を下す。


 それを確認したリューは、『次元回廊』で王都に戻るのであった。



 この後のリューは忙しかった。


 まずは王城で親善使節団の帰国のセレモニーがあってそれに参加。


 それだけで数時間を使い、そのあとリューは出発の際にお世話になったサウシーの港街に行って、サウシー伯爵と会談。


 今回、サウシー伯爵が提供した大型船三隻を含む燃えた船については後日、王家から保証金を出すという事を伝えた。


 そして、ここからはリューの独断だが、その保証金でリューのところの造船所で作った船をお手頃価格で売るという契約を交わす。


 もちろん、あくまで普通の船なので、ミナトミュラー商会特別仕様というわけにはいかないが、木材は魔物であるトレント系のものを使用する事でかなり丈夫になる。


 これはサウシー伯爵が毎回、船が燃えるから、今回はできるだけ燃えない船をという配慮であった。


 サウシー伯爵はミナトミュラー商会の船が立派なのは見てわかっていたので、喜んでいる。


 リューも船が売れて商売として成立したのでホクホク顔であった。


 そして、また、王都に戻るとランドマークビルで寛ぐ母セシルとハンナ、そして新たな家族として迎えたムササビデビルのサビをランドマーク本領に送り届けて、帰宅する頃にはすでに空は真っ暗であった。


「お疲れ様」


 ランドマークビル五階の住居でリーンが出迎えると、ソファーに座り込んだリューの肩を揉んで労を労う。


「楽しくて充実した旅だったけど、さすがに疲れた……」


 リューがウトウトしながら、そうつぶやくと寝てしまった。


 リーンは黙って寝息を立てるリューに毛布をかけると、


「お休みなさい」


と声を掛け、自分もその横で毛布を被って寝てしまうのであった。

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