第567話 滞在最終日の夜ですが何か?

 ノーエランド王家主催の送別パーティーは、夕方迄に無事終えた。


 そして、リューは、リズ王女、リーンとスード、ハンナの五人で王都で最後となる夜の街に繰り出していた。


 と言っても、リズ王女には近衛騎士のヤーク子爵以下、護衛も付いているので厳密には十人以上である。


 次男ジーロは婚約者になったソフィア・レッドレーン男爵令嬢とその両親に、母セシルと一緒に挨拶をしているはずだ。


 なにしろソフィア嬢は祖国を離れ、ジーロのもとに行くことになる。


 その為の細かい日取りやどこで過ごすのかなどの話し合いを行っているのだ。


 移動に関しては、リューがいるから全く問題ないのだが、ジーロはまだ、学生の身であったし、その間、ノーエランド王国に留まるのかそれともクレストリア王国に赴いて花嫁修業をするのか、しないのか。


 する場合、シーパラダイン領か、それともランドマーク家で行うのかなど、詰める話はいくらでもある。


 それらも、リューが何とかすれば、解決しそうなものであったが、両家の問題をリューにばかり頼るわけにはいかないと考えて、しっかり話し合いをしているようであった。


「はぁ~。結局は、ほとんどパーティーばっかりの日々だったね」


 王都を見下ろせる小高い丘に到着して馬車から降りると、リューは背伸びをしてそう漏らした。


「ふふふっ。親善が今回の目的だから」


 同じく馬車から降りてきたリズ王女が、公務から解放されたとばかりに、王女からリューの一人の友人とばかりに答える。


「リューはまだ、楽だったんでしょ? リズはもっと大変だったんだから」


 期間中リズ王女に同行し護衛も務めていたリーンが、その間の大変さを代弁した。


「そうだぞ、ミナトミュラー男爵。王女殿下はノーエランド王家の王子達に迫られて大変だったのだぞ?」


 期間中、ずっと寡黙を通して護衛の指揮を執っていたヤーク子爵がようやく喋った。


「え? そうなんですか!? ──あ。……ヤーク子爵、王女殿下を王都に届けるまでが仕事ですよ?」


 お見合いのような事が行われていたのは初耳だったので驚くリューであったが、ヤーク子爵がようやく職務中に喋ったので、リューはいたずらっぽく、それを指摘する。


「ぐっ……。確かに、まだ、護衛任務中だった……。──もう、しゃべらん」


 ヤーク子爵は、リューの指摘に反省して、また、寡黙に戻るのであった。


「リュー、ヤーク子爵もこの期間中大変だったんだから、意地悪言わないの」


 リーンが珍しくリューを注意する。


 リーンもこの期間中は友人であるリズ王女の護衛の為にヤーク子爵と協力していたのだろう、友情が芽生えたのかもしれない。


「はははっ、ごめん、ごめん」


 リューは反省すると、素直に謝る。


 そして、マジック収納から飲み物の入ったグラスをみんなに配ると、


「リズやリーン、スードやハンナもみんな滞在期間中頑張ったという事で、お疲れ様!」


 とみんなを労う。


 一同はグラスを掲げて乾杯するとキンキンに冷えたジュースを口にする。


 小高い丘の上は、王都の奇麗な夜景を映し出し、涼しい風が吹いていているのであった。


 友人同士のひと時のゆっくりした時間が過ぎると、リズ王女が、


「私はこの後、エマ王女殿下と会う予定があるので先に帰るわね。リーンさんはあとから戻ってきて」


 と告げて、ヤーク子爵と護衛の近衛騎士と共に先に戻る。


 どうやら、リーンに気を遣ったようだ。


 滞在期間中、リュー達の事を気にしてリズ王女にも話していたのかもしれない。


「わかった。あとから行くわね」


 リーンもリズ王女の厚意に甘えて頷く。


「どうしようか? 街に降りて王都見物する? リーンも忙しくてあまり、王都を見回れていないんじゃない?」


 リューが笑って聞く。


「そうね。見て回りたいかも。──それにしても、リズには本当に感心するわ。ずっと王女殿下モードで期間中、少しのミスも犯さないんだもの。私も頑張ったけど、リズのようにはいかなかったわ」


 リーンは友人の完璧さに感心する。


「リズが頑張れていたのも、友人のリーンが傍にいて話を聞いてくれたからだよ、きっと。リズも大変だったし、それを支えたリーンも本当にお疲れ様」


 リューは改めてリーンを労う。


「うん!」


 リーンは褒められて嬉しそうにする。


「じゃあ、行こうか!」


 リューがそう言うと、リーン、ハンナは嬉しそうに、スードはまじめに頷くのであった。



 一行は王都の夜の出店を満喫した。


 さすが異国の地と言うべきか、クレストリア王国にはない庶民の食べ物もあったし、珍しい道具なども多かった。


「リューお兄ちゃん、あれは何!?」


 ハンナが驚いて指差す先には、クレストリア王国にはいないであろう珍しい獣がいた。


「……あれは、ムササビ……、なのかな?」


 ハンナの指差した方向にいたのは、動物を売る露天商の店頭にある小さい檻で、その中に前世のTVで見た事があるムササビに似た容姿だが、目が大きく、鳴き声もかわいい動物がいた。


 そして、知っているムササビより少し大きい。


 そのムササビっぽい動物が、かわいらしい瞳でこちらを見ている。


「あら、かわいいわね」


 リーンもハンナ同様にその容姿に惹かれたのか、立ち止まる。


「お、その服装、あんたらこの国の人間じゃないな? どうだい、この国特有の動物を飼ってみないか?」


 露天商はリュー達の身なりを見て、異国の人間だと見抜いて商売を始めた。


「これは何という動物ですか?」


 リューが参考の為に名前を聞く。


「これはムササビデビルさ。種類で言うと『ゴブリンハント』だな」


「「「ムササビデビルのゴブリンハント!?」」」


 物騒な言葉が飛び出たので、全員で思わず聞き返す。


「ああ。このムササビデビルは、ゴブリンクラスなら、狩るほど獰猛な種類でな。だが一度懐くと、とても従順なんだ」


 露天商はそう言うと、一番気に入ってムササビデビルの頭を指で撫でているハンナのペットにどうかと勧める。


「狂暴なんですよね?」


 ハンナに怪我があってはならないと確認する。


「魔物に対してな。あとはご主人様に敵意を剥きだす相手に対して、狂暴だ。だがすでに、こいつはお嬢ちゃんに懐いているみたいだぞ?」


 露天商は少し驚いた様子を見せて、説明した。


 確かにゴブリンハントの名を冠するムササビデビルは、ハンナの指先に撫でられると、気持ち良さそうに目を閉じている。


「……これ輸出禁止とかあります?」


「輸出禁止? 珍しい種だが、そんな話聞いた事ないな」


 露天商は首を傾げて答える。


「ハンナ。ちゃんと世話できるかい?」


 リューが、念の為確認してみた。


 その場だけの同意なら買わないつもりである。


「うん! でも、この子何を食べるのかな?」


 ハンナはしっかり世話をする気があるようで、聞き返す。


「そいつは雑食だから、なんでも食うぜ。広い庭なら放し飼いにしても主人の傍から基本は離れないしな。いじめでもしない限りずっと一緒さ」


 露天商はどうやら売れそうだとわかって親切に説明する。


「……よし、買います」


 リューは頷くと前世のムササビより大きい、ゴブリンハント種と呼ばれるものをハンナの為に買う事にするのであった。


 ハンナは喜び、すぐに檻からムササビデビルを出して、頭に乗せる。


 驚いた事にムササビデビルは逃げる事なくハンナの頭上で大人しくしていた。


「雑食で飼いやすく主人に忠実、そして何より利口そうだ」


 リューはその様子を見て購入は正解だったかもしれないと思うのであった。

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