第566話 送別会ですが何か?
ノーエランド王国滞在期間中は、いろんな誘いが親善使節団メンバーにはあった。
それこそ、異国の美しい王女であるリズには、王家の関係者から上級貴族の独身子弟達まで、お近づきになってあわよくば!という者も多かったし、中には宗教の勧誘からノーエランド王家と反目していると思われる勢力の者まで近づいてきた。
リズ王女に数多くのパーティーで秘密裏に接触を試みようとする怪しい者達については、護衛の近衛騎士隊長、ヤーク子爵とリーンが独自の判断基準で前もって排除していたので問題にはなっていないようだ。
ちなみに独自の判断基準とは、ヤーク子爵が、「エリザベス王女殿下を疲れさせる相手」であり、リーンが、「リューが嫌いそうな相手」である。
二人とも変な基準だが、その基準は結果的に功を奏して、リズ王女は近づいてくる相手にあまり困らさられる事はなかったようだ。
ちなみに、コモーリン侯爵には、クレストリア王国の貴族との太いパイプを作りたいノーエランド王侯貴族から人気であったので、パーティーでは一番大変だったようである。
そんな中、リューと次男ジーロの二人は、エマ王女救出の立役者として武官やそれに準ずる貴族達が寄ってきたが、やはり、二人ともただの男爵なのでそこまで目立って人気があるとは言えなかった。
それどころか、リズ王女やコモーリン侯爵に近づく為の話題の一つとして利用される事が多かったくらいだ。
役得としてノーエランドの貴族令嬢にモテそうな気もするが、ジーロはすでにレッドレーン男爵令嬢が期間中に婚約したので、近づいてくる者はいない。
そうなると残りはリューだが、まだ、子供だったし、下級貴族である男爵だし、何より遠く離れた海の向こうに位置するクレストリア王国の人間である。
ちょっと格好よく見えたとしても、エマ王女救出での活躍も次男ジーロのオマケ扱いだったので、人気は薄いのであった。
「お陰で動きやすくていいけどね?」
リューは負け惜しみではなく素直にそう思っていた。
パーティーでも次男ジーロに花を持たせる立ち位置でいたので、海賊討伐の英雄譚も全てジーロの活躍に終始するように語っていたのだ。
ジーロは、本当はこれについて反論したいところであったが、リューから「お兄ちゃんの手柄として世間では有名になっているから、それと食い違う話を本人の口から聞くと信用問題になるから駄目だよ」と、口止めされているから、黙っていた。
リューとしては、次男ジーロはもっと高く評価されていいと思っていたから、クレストリア王国だけでなくノーエランド王国でも評価されれば、相互作用があると思っている。
実際、両王家の親善使節団に選ばれたし、これからも、そうなる可能性は高い。
それだけでも、ジーロの価値は上がったと言っていいだろう。
リューは今回の最大の目的がジーロの評価向上であったから、目的は果たせた。
ついでに新たな商売の拡大というリューにとっても旨い話がいくつか見つかったので、それはそれで良かったのだが。
こうして、リューの狙い通り以上の成果を上げてノーエランド王国での滞在期間は過ぎ、最終日の送別会となるパーティーが行われようとしていた。
「主。こちらで仕立てた服が届いています」
護衛役のスードが宿泊中の室内に届いた服をリューに渡す。
「ありがとう。──こっちの仕立屋もいい仕事しているね……。さすが、細かい仕事が得意な国だ。……できれば、技術者の一人二人、連れて帰りたかったなぁ」
リューはパーティー用の服に袖を通しながら、漏らす。
「主。親善使節団の一員として来たのに商売の話ばかりしてますよ。はははっ!」
スードが珍しく笑ってリューのこの一週間の行動を指摘した。
「……確かに。僕もクレストリア王国貴族として、自覚を持たないといけないね」
リューはスードの珍しい指摘に苦笑すると着替えを終え、母セシル、妹ハンナと合流し、王家主催の送別会へと参加するのであった。
パーティーは身長を考えてリューがハンナを、スードが母セシルをエスコートした。
次男ジーロは当然ながら、婚約者になったソフィア・レッドレーン男爵令嬢をエスコートしている。
リズ王女はノーエランド王家の王太子にエスコートされ、リーンはコモーリン侯爵という感じだが、それも最初のうちだけで、パーティーが始まるとみんなバラバラになっていく。
「ミナトミュラー男爵、楽しんでいるかね!」
リューがスードと立食式での料理に舌鼓をうっていると聞き覚えがある大きな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、白髪に同じく白いひげを顔一面にはやした豪快な雰囲気の軍服姿であるノーランド王国海軍大元帥ガーシップ公爵がいた。
「あ、ガーシップ公爵閣下」
リューは驚いて手にした料理の皿をスードに渡して、応じた。
「いや、邪魔をする気はない。ゆっくり楽しんでくだされよ。──そう言えば贈呈式での一件を聞いたぞ。お主は武術だけでなく商売の才もあるらしいな。聞いて驚いたわい」
ガーシップ公爵は、この剣術に長けた少年貴族を気に入ったのか、気さくに話しかけた。
その姿を周囲の貴族達が見て、驚く。
「ガーシップ公爵閣下が、パーティーに顔を出してくださっているだけでも珍しいが、来賓に声をかけるほど気遣うところなど初めて見たぞ?」
「本当だ……! これは珍しい……」
「相手はエマ王女殿下を海賊から救った貴族の片割れですな……。閣下に気に入られるほどの人物か……、私もあとで声をかけておこうかな?」
どうやら、ガーシップ公爵は普段パーティーの類には参加しない人物らしく、周囲の貴族からかなり珍しがられていた。
「あはは、お恥ずかしい限りです、公爵閣下。僕は与力貴族なので、主家の為にも商売に余念がないのです」
リューは苦笑して、冗談で応じる。
「その歳で文武において才を発揮しているのは素晴らしい事だ。陛下も例の作物の件でお主を高く評価されていたからな。次回また、この国に訪れる時は、こちらの爵位を与えられるかもしれんぞ?」
ガーシップ公爵は茶目っ気たっぷりにそう言って笑うと、リューの背中をバンバン叩く。
「閣下、彼も客人なのですから、あまり叩くのはよくないですよ」
公爵の背後にはリューが対戦して勝利した海軍第一船団ケーン団長がおり、公爵が背中を叩くのを止めに入った。
リューは気づいてケーン団長に頭を下げて挨拶する。
ケーン団長も頭を下げる。
「ケーン伯爵が他国の男爵に頭を下げているぞ」
「鉄面皮のケーン伯爵が?」
「ますます、ミナトミュラー男爵という人物、謎だな……」
こうして、ノーエランド王国滞在終盤にして、全く興味を持っていなかった他の貴族達から、リューは注目の的になるのであった。
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