第565話 妹の秘かな活躍ですが何か?
「これがもとは家畜の餌なのか……。大臣の言う通り、これだけ美味しければ、我が国の食料事情も変わるかもしれない……」
ノーエランド国王は、リューの提案で食した塩おむすびをいたく気に入った様子であった。
「一応、申し上げますと、食用に向いているお米は十種類ほどあり、そのうち僕が最適と選んだのは三種類。それはすでに農家とも契約を結ばせてもらっています。この国での商売を許可してもらえれば、生産者も自信をもって増産に入れると思いますので、許可を頂けますでしょうか?」
リューはここぞとばかりに、申し出た。
「……うむ。この塩おむすびを国内に広める為にもミナトミュラー男爵に許可を出そう! ──大臣、手続きや援助を惜しむな。我が国の転換期になるかもしれんからな」
国王は家畜の餌として安く沢山作られていたお米が主食になれば、国としてこんなに歓迎できる事はない。
食糧問題というものはどの国でも当然ながらあるのだ。
それがこんな身近なところに美味しいものがあったとわかれば、食糧事情は大きく変わるだろう。
それはもう、ノーエランド王国の食糧革命である。
何しろお米は気温、湿度管理さえしっかりしていれば、一年は持つ。
玄米に至っては、二年だ。
そんな保存のきく食べ物はこの世界では中々ない。
干し肉や干物でさえ十日、小麦粉でも二か月持てばよい方だからだ。
もちろん、マジック収納で保存すれば半永久的に腐らないのだが、大量の在庫を保存できる容量のマジック収納を持っている者が存在しないから、現実的ではないのである。
だから、国としてもこのお米の食用化はかなりありがたいものになりそうであった。
「ありがとうございます!」
リューは国王から直々の許可をもらえたのは大きかった。
異国の地で一から商売を始めるのは大変難しい事なのだが、国のトップである国王から保証されるとなったら、成功間違いなしと言っていいだろう。
国王指示のもとでの商売であるから、誰からも嫌がらせを受ける可能性もない。
あとは国民に受け入れられるかであるが、それは前世の知識を持つリューである。
抜かりはない。
すでに、色々と案は浮かんでいるのであった。
こうして、贈呈式も無事終わり、この日は、解散した。
そして一日、間をおいてから、親善使節団の送別パーティーが行われる予定になっている。
それまでは時間が空くので、リューはリズ王女とリーン、ハンナとスードと合流し、王都郊外にある地下迷宮への見学に向かう事にした。
当然ながら周囲には、両国の護衛がいて、物々しい。
使節団の団長を務めるコモーリン侯爵はあちらの大臣と会談があるという事で、ここにはいない。
母セシルは、子供達で行ってきなさいと送り出し、次男ジーロの保護者としてソフィア・レッドレーン男爵令嬢と、その家族と一日過ごす事になっている。
「ここが地下迷宮の入り口……、というか観光地?」
リューは思わず、そうツッコミを入れずにはいられなかった。
その地下迷宮への出入り口周辺は、リューの指摘通り、観光地とわかるように出店が並んで商売をしており、観光客も沢山いたからである。
それに、地下迷宮へ続く道は整備され、警備兵も巡回しており、観光シーズン真っただ中という雰囲気であった。
「地下迷宮に続く洞窟は一年中涼しくて、この暑い季節は観光地としてとても人気があるのですよ。洞窟内はとても広く、そして、地下迷宮の地下一階から下は水で沈んでいるので魔物の恐れもほとんどありませんし」
エマ王女が案内役を買って出て、リズ王女やリュー達に説明する。
エマ王女の説明通り、地下には水がいたる所から流れ込んでおり、それを魔道具でライトアップする事で観光名所の売りの一つにしているようだ。
幻想的な地下空間は観光客に満足を十分与えるものであった。
「迷宮がある国は栄えると言われるほど資源が豊富だそうですが、水に浸かってしまうとそれが回収できないというのはちょっと残念ですね」
リューは四大絶地と言われている魔境の森からもたらされる資源をランドマーク家はうまく活用しているから、それだけに地下迷宮に入れないというのは勿体ない気がした。
「ええ。王家ではどうにかして地下迷宮に入れないかと、これまで色々と試しているのですが、わが国の自慢の一つである豊富な水に阻まれて、それも難しいというのが現状です」
エマ王女も王家の人間として、国を富ませる為の一つの可能性が失われている事を残念そうに答えた。
「この地下に流れ込む水脈を塞ぐ事はしなかったの?」
リーンが一番の可能性として考えられる事を指摘した。
「それはもちろん、何世代にも渡って行ってきました。ですが、どこかを塞げばどこか違うところから流れ込む、という感じなのです。それに、見えないところからもかなりの量流れ込んでいるみたいで、魔法使い総動員で水を汲みだしても全然減らないのです」
エマ王女は水と格闘の歴史を語った。
「これだけの水の量だもんなぁ……。僕やリーンは土魔法が得意だから、流れ込む場所さえわかれば塞ぐ事もできるかもしれないんだけど……」
リューはリーンと視線を交わしてお手上げといったポーズをとる。
するとハンナが、
「リューお兄ちゃん。ハンナ、わかるかも」
とリューの耳に囁いた。
「え? わかるの!?」
リューは自慢の妹が驚くような事を言うので、思わず聞き返した。
「うん! 大きな水の流れ込む場所でしょ? それなら多分わかると思うよ」
ハンナはそう言うと目を瞑って、何かを感知する為に集中する。
その間、エマ王女とリズ王女が地下迷宮について会話を交わして移動を始めたが、ハンナはその場を動かず微動だにしない。
リューとリーンもハンナの傍から離れないようにした。
「……ここから真っすぐハンナの歩幅で二百四十六歩進んで水面から同じくハンナ二十三人分下に大きな流れを感じるよ。それを塞ぐと、ここに流れ込む水の大部分が止められると思う」
ハンナは額にかいた汗をぬぐうと真剣な様子で正確な場所を告げた。
ハンナの指先には、流れ込む水で地下の大洞窟にできた湖が広がっており、透き通る水の奥に地下迷宮の出入り口も見える。
「……その水の流れ込む穴の大きさはどんな感じかな?」
リューはハンナの言う事を信じてさらに詳しい情報を聞く。
「さっき言った場所の砂の下から湧き出ているけど、大きさだと歩幅三歩くらいだと思うよ」
ハンナは目を瞑って確認すると、言う。
「よし、そこまでわかれば大丈夫。──ちょっと、魔法の使用許可をもらってくるね」
リューはそう言うと、エマ王女達のところに走っていく。
そして、ハンナからはエマ王女とリズ王女の二人と話し込むリューの姿が映っていた。
しばらくするとリューが、ハンナのところに戻ってきた。
「許可が下りたから、僕とリーンでその場所を塞ぐよ」
リューは今回の大手柄になるであろうハンナにそう説明すると、湖面手前の足場までいくと、二人で詠唱を始める。
穴のある水面下までは距離が遠いから多少土魔法も難しいのか苦戦しているようだ。
そして、大洞窟内で、小さな地揺れが起きた。
と言ってもノーエランド王国ではよくある事なので、誰も気にしている素振りは見せないのだが……。
「……よし。これで多分塞げたはず……! 後は水を抜けば、地下迷宮への道が拓けると思う。──ハンナ、お手柄だね!」
リューがそう言うと、リーンと二人、ハンナの頭を撫でるのであった。
こうして、クレストリア王国の親善使節団帰国から一か月後、ノーエランド王国は念願であった地下迷宮への水抜き作業を成功させる事になる。
この成功の影に、リューとリーン、ハンナの存在があった事は、ノーエランド王家とリズ王女、そして、一部関係者以外にはほとんど誰も知らない秘密なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます