第563話 展開早いですが何か?
リューはジーロとソフィア嬢のデートを邪魔しようと画策していたゴスリーマ子爵の部下サン・ダーロに、必殺の左拳を横腹に繰り出した。
サン・ダーロはその一撃をまともに食らって壁まで吹き飛ぶ。
「お?」
リューは思わず、驚いた表情になる。
そして続けた。
「ぎりぎりまで奥の手を隠していたのかぁ……。やるね」
リューが吹き飛んで壁に叩きつけられ、気を失っているはずのサン・ダーロを褒めた。
すると、サン・ダーロが目を見開いた。
気を失った素振りを見せていたのだ。
「くそっ……! 奥の手を使って受け流したつもりだったのに、この威力かよ……」
サン・ダーロはリューの左拳を横腹に食らう瞬間、とっさに奥の手である肉体を限界突破する力を発動させ、リューの攻撃に対応してのけたのである。
しかし、それでもダメージを完全に防げなかった。
サン・ダーロはペッと血を吐くと、立ち上がる。
「君のその能力のからくりはなんとなくわかったけど、それもあまり多用できないみたいだね」
リューはサン・ダーロの能力の種がわかったのか、そう指摘する。
サン・ダーロの鼻から血がスーッと流れ出したからだ。
「……ちっ。──これで最後だ!」
サン・ダーロはそう言うと、また、その尋常ではない速度で一瞬その場から消える。
リューも一瞬身構えた。
「あ!」
リューが気の抜けた声を出す。
なんとサン・ダーロは、リューに攻撃を仕掛ける素振りを見せながら、奥の手と思われる身体の限界突破能力を使用してその場から逃げたのだ。
「とっさのハッタリと逃げるという選択ができる判断力。ただの気の短い元殺し屋じゃないって事か……。──いいね」
リューは数少ない仕留めそこなうという相手に感心して褒めた。
「主、追わなくていいのですか? きっとゴスリーマ子爵の下に戻ったと思いますが……」
スードが仕留めそこなった相手を放っておく事は出来ないと思って忠告する。
「あの怪我ではもう、ジーロお兄ちゃん達にちょっかいを出す事もできないだろうから大丈夫」
リューは逃げられた事を気にする事なくそう答える。
「ところで主。あの男の能力とは何だったんですが? 一瞬だけ急に動く速度や耐久力が上がったように見えましたが……」
スードはサン・ダーロの奥の手が具体的に何だったのかわからず、その謎を口にした。
「彼は珍しい雷魔法を使えていただろう?」
「ええ。ですが、さほど大したものでもないと思いました」
スードはサン・ダーロが右手に帯びていた静電気レベルの魔法はハッタリ程度のものと見極めていたのだ。
「そうだね。確かに、魔法のレベル自体は大した才能は無いと思う。でも、あの男は、別の使い方をしていたんだよ」
「別の使い方?」
「うん。それは微弱な電気信号を脳に送って活性化させ、肉体の限界まで力を発揮するというものさ。つまり、火事場の馬鹿力を出したい時にいつでも出せるというものかな。普段は尋常ではない速度のみに使用して、いざという時にだけ、限界を突破する。最後のがそれだね。それにしても、その理屈を自分で見つけて使用している人は初めて見たよ」
リューは呆れた様子で、スードに説明してみせた。
「そんなに危険な事なんですか?」
呆れるリューの言葉にスードは再度聞く。
「あんなの、下手したら脳を焼いてしまうからね。お勧めはできないよ。はははっ!」
リューはぞっとするような事を笑って答えるのであった。
ジーロとソフィア嬢の初めてのデートはこうして邪魔が入る事なく無事終える事になりそうであった。
だが、そんなラブラブな時間があっても二人は、ノーエランド王国とクレストリア王国という大きな隔たりがある。
まあ、そこはリューの『次元回廊』次第でどうにでもなるのだが、しかし、ジーロもリューをあてにはしていないだろう。
というか考えてもいないはずである、ジーロはそういう兄なのだ。
二人はひと時の時間を名残惜しそうにしていたが、ソフィア嬢はジーロとのデートで何か決心をしたようであった。
「ジ、ジーロ様。私、そちらに行ってもいいですか?」
ソフィア嬢が顔を少し赤らめつつも、勇気を振り絞ってそう言った。
「? 僕の横にいるじゃない」
ジーロはおっとりした様子で、隣にいるソフィア嬢の言葉に首を傾げた。
「いえ。そういう事ではなく……。ジーロ様のお傍にいたいので、クレストリア王国に行きたいのです」
ソフィア嬢は言いながら気持ちが固まってきたのか、真剣な面持ちで、ジーロの目をじっと見てから答えた。
「僕も一緒にいたいと思うけど……。ソフィア嬢は、エマ王女殿下の側近でしょ? それに家族も友人達もこちらにいる。そっちはいいの?」
ジーロもソフィア嬢の事を考えると、付いて来いとは言えないところであったから、改めて確認した。
「家族には早く嫁に行けと言われています……。そして、エマ王女殿下にはいつでも、ジーロ様のところに行って良いと言われていますから……。それに私が──」
ソフィア嬢は勇気を振り絞ってジーロに改めて告白しようとすると、ジーロはソフィア嬢を抱き寄せた。
そして、
「それ以上は僕の方から言わせてください。 ──ソフィア嬢。僕と結婚を前提にお付き合いしてください。あなたの事は僕が一生守りますから」
とジーロは一度抱き寄せ、それから少し距離を取ると、夕日に顔を赤く照らされながら、ノーエランド王国の王城前でソフィア嬢に告白する。
「! ……はい!」
ソフィア嬢も夕日に顔を赤く照らされていたが、それ以上に頬を赤らめると、最愛の人の求婚に一言、返事するのが精いっぱいである。
そんなソフィアをジーロはまた、抱き寄せると、しばらく二人は抱きしめ合うのであった。
「えー!? ちょっと、マジ……? びっくりなんだけど?」
リューはジーロとソフィア嬢のシルエットが重なるのを遠目に見ながら、スードに率直な感想を漏らした。
「主、さすがにこれは見ない振りをするのが礼儀では?」
スードがリューに注意する。
「そうだね。あまりの展開の速さに驚きすぎて、凝視しちゃったよ。──あとでお兄ちゃんには祝福の言葉を送るとして……、僕が今後の二人の間を取り持たないとね」
長男タウロに続き、春が来た次男ジーロの為に何でもするつもりでいるリューであった。
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