第562話 路地裏の闘いですが何か?

 路地裏に再度移動したリューとスードは路地裏のチンピラとばかりに、貴族の側近らしいサン・ダーロを仁王立ちして待ち構えていた。


 そこへ、サン・ダーロが、ゆっくりやってくる。


 そして、


「……何のつもりだ、ガキども。それに奴らはどこに行った? こっちが金を払って雇ったというのに」


 とサン・ダーロはリューとスード相手に怯む事なく周囲に視線を向けて確認した。


「そちらが報酬をケチって、チンピラを三人しか雇わないのがいけないんじゃない? それがわからない時点で、君は失格だよ?」


 リューが悪人モードで挑発する。


「舐めるなよ、ガキども……。俺がその気になったらお前らごとき、一瞬で葬る事も可能だからな?」


 サン・ダーロはそう言うと、右腕に静電気をバチバチと走らせる。


 お? 珍しい雷魔法使いかな? 異名が『雷光のサン・ダーロ』だったけど、実際の能力の特徴だったのか。


 リューは少し感心するがそれまでだ。


 相手が何を使うのかわかってしまうと、大した驚きはない。


 スードも同じで、自分が相手をするとばかりに一歩前に出る。


「なんだ、挑発しておいて、いざとなったら、部下任せか?」


 今度はサン・ダーロがリューに対して挑発を返してきた。


 先ほどの三人組のチンピラの話通りなら、『豪鬼会』を苦しめた『風神一家』の腕利きだった過去があるから、修羅場はくぐってきているはず。


 だが、気は短そうだ。


 さっきから、すぐ挑発に乗るし、喧嘩っ早い感じだからだ。


「安い挑発に乗ってここまで来た人には言われたくないなぁ」


 リューはわざと子供っぽい言い方で、応じた。


 ぴくり。


 サン・ダーロのこめかみが動く。


 完全に頭にきているようだ。


「お前らよそ者だな? 俺に対してそれだけの挑発をする馬鹿はいないぞ?」


 サン・ダーロはそう言うと、一瞬でスードを抜き去り、リューへと殴り掛かった。


 だが、スードがとっさに振り向き、サン・ダーロの襟を掴んでリューへの暴力をぎりぎりで防ぎ、そのまま強引に投げ飛ばした。


 サン・ダーロは空中で一回転してから、着地する。


「すみません、主。少し、油断しました。想像以上に早いです、こいつ」


 スードはリューに謝って、サン・ダーロに向き合う。


「僕も意外過ぎて驚いたよ。一発目は雷魔法だと思ったんだけどなぁ……。でも実際は、常人をはるかに超える素早い動きでの攻撃……、なるほど、そういう事か」


 リューは何か気づいたのか一人頷く。


 そして、スードに対して、


「──下がっていて。僕が相手するよ」


 リューはそう言うと、サン・ダーロに対峙するのであった。



 サン・ダーロは内心かなり驚いていた。


 それはスードと呼ばれている少年に襟を掴まれ、投げられたからだ。


 自分の高速の動きに初見で反応できる相手はほとんどいないだけに、こんな少年二人に反応されるのが衝撃であった。


 殴られそうになっていたリューもぎりぎり届かなかった拳を前に涼しい顔で瞬きする事無く目で追っていたのだから、サン・ダーロにしてみたら身が震える思いだ。


 この俺の動きに追いつく奴がいる、だと! 殺し屋時代でもほぼいなかったのに!?


 そう、サン・ダーロの前職は『風神一家』の殺し屋を務めていた男であった。


 敵からは恐れられ、味方からは畏怖される、そんな人物であったが、その短気な性格から幹部とひと悶着あり、勢いで『風神一家』から足を洗う事にした。


 だが、そこは裏社会である。


 組織を抜けるのにも暗黙のルールがあり、サン・ダーロも例外ではなかった。


 しかし、サン・ダーロは自分の実力と名声から、お金と袋叩きに遭うはずのところを無視した為、組織から四六時中命を狙われる事になったのである。


 いくら実力や名声があっても一日中命を狙われるリスクには耐えられるわけもない。


 だから、身の安全を守る為、ライバルである『豪鬼会』に転がり込もうとした。


 しかし、散々、苦しめてきた相手である。


 殺した幹部の兄弟分達に拒否され、受け入れてもらえなかった。


 そこで、この国で安全に生きていく為に選んだのが貴族に仕える事である。


 貴族なら裏社会の人間も手を出すのが難しい。


 だから、都合よく自分を雇いそうな貴族を探した。


 それがゴスリーマ子爵である。


 彼は自分の実力を見せると、身元調査も不十分なまま雇ってくれたから容易な相手だった。


 それに、金払いもいい。


 殺し屋時代を考えると報酬額は少ないが安定してもらえるし、裏社会では想像できなかった表舞台での安全な生活が待っていた。


『風神一家』も自分の命を狙うのを諦め、手を出さないようにと命令を切り替えていたし、『豪鬼会』も同じようなものだ。


 サン・ダーロにとって、この表舞台での生活は心地よかった。


 他の使用人達とも信頼関係は築けていたし、張り詰めた緊張感の中で生きていく必要もなくなったのである。


 たまに、自分の過去の経験を生かして主であるゴスリーマ子爵を手助けすれば良かったから満足していたのだが、こいつはなんだ……。


 こんなところにも化け物がいやがった……。


 サン・ダーロはギリッと歯を噛み締めると身構える。


「さっきの裏技で、もう一度かかってきてくれる?」


 リューはサン・ダーロに攻撃を仕掛けてくるようにお願いした。


 サン・ダーロは深呼吸をすると、リューをキッと睨む。


 その次の瞬間、その場からサン・ダーロの姿が消える。


「やっぱり……ね?」


 リューはその一瞬消えたように見えた相手の動きを目で確実に捉えていた。


 サン・ダーロはリューの左側に現れると、蹴りを横腹に繰り出す。


 だが、リューはそれに反応して左手一本でその蹴りを払う。


「蹴りもかなり重いね?」


 リューは感心して頷く。


 サン・ダーロは油断する事無く、蹴りだけでなく拳も繰り出し、リューの急所を狙い続ける。


 人体には頭のてっぺんから足のつま先まで急所があり、特に人体の真ん中には線を引くように急所が集中している。


 サン・ダーロはそこを正確に狙ってリューを殺すべく攻撃を仕掛けた。


「……君、もしかして殺し専門なのかな? 攻撃パターンが、うちのメイドと似ているよ」


 リューは全ての攻撃を捌きながら、サン・ダーロの実力を見極めていく。


「メイド如きと一緒にするな!」


 サン・ダーロはそう言うと、腰に差してあった剣を逆手で抜いて切りつける。


「うちのメイドは強いんだけどなぁ」


 リューはその剣を、いつの間にか右手に握られていたドス(異世雷光いせのらいこう)で受け流す。


 もちろん、マジック収納から取り出したものだ。


 サン・ダーロは金的めがけて蹴り上げるが、それもリューが股を閉じて半身姿勢を取る事で受け流される。


 こいつ、急所攻撃に慣れていやがる!?


 サン・ダーロは空かされた蹴りの反動で一回転すると着地して、そこから後方に飛び退って距離を取ろうとした。


 そこに初めて、リューが前に踏み込んで、サン・ダーロと距離を縮める。


「もう、奥の手はなさそうだね?」


 リューは確認すると、左拳を繰り出すのであった。

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