第555話 清々しいですが何か?

 リューによる自在で圧倒的な剣術による試合は、ノーエランド王国海軍の武官やその関係者を魅了する事になった。


 なにしろ海軍が誇る上官二人を相手に一人で連戦して返り討ちにしてしまったのだから当然である。


 敗れた第一船団ケーン団長、遊撃船団ツヨン団長は、ノーエランド王国が誇る海軍の武人であり、海軍大元帥であるガーシップ公爵の懐刀であったから、海賊を討伐してエマ王女を助けたのがまぐれなどではなく、リューとその兄であるジーロの実力は噂に尾ひれがついたものではない事を目の前でその実力を武官達に示された形だ。


「まだ、成人前の少年だというのに、とてつもない実力の持ち主だな……。なるほど、その歳で二人とも男爵に叙爵されたのがよくわかるというものだ。──皆の者、これでよくわかったな? エマ王女殿下を海賊から守れなかったのは海軍の大いなる失態だが、それを討伐したシーパラダイン男爵、ミナトミュラー男爵の実力を知れば、海賊の実力も想像に難くない。海軍は二度と同じ過ちを犯さないように気を引き締め、また、一から切磋琢磨しようぞ!」


 ガーシップ公爵は海軍武官達、その関係者を激励した。


 どうやら、最初からこれが目的だったような気がする。


 もし、ケーン団長達が勝てば、それを理由に海軍は強いが、それでも油断してエマ王女を誘拐されたのだから、気を引き締め直そう! という流れにしたのではないだろうか?


 つまり、リューとジーロは海軍の士気と気を引き締め直す為に、利用されたという事である。


「お客人。エマ王女殿下から聞いていた通り、見事な腕前であった。おかげで海軍の士気を引き締める事ができた、ありがとう。──それでは、パーティーを再開するぞ! この二人の武人の将来を祝福して乾杯!」


 ガーシップ公爵はリューとジーロに感謝すると、パーティーを再開する。


「万が一主が負けて、怪我でもしたらどうするつもりだったのでしょうかね?」


 護衛役のスードが、リューの試合に興奮したのか上気した状態で指摘する。


「それなら、ほら──」


 リューが指をさすと、その先にはケーン団長、ツヨン団長を早速、治療している医療団がいた。


 最初からどちらかの怪我など織り込み済みだったという事である。


「はははっ……。普通、招待客を怪我させる事自体、治療関係なく大騒ぎなんだけどね?」


 さすがのおっとりしているジーロも苦笑して、指摘した。


 リューは上着を受け取ってそれに袖を通しながら、


「あちらも正統派剣術のケーン団長を出してきた時点で、最初は怪我はさせないように配慮していたみたいだけどね。ツヨン団長はやる気十分だったから、多少の怪我はしてもらったけど」


 リューは笑ってあちらの目的を看破して答えた。


「そうか、最初からバレていたか。わははっ! 本当にすまなかった。エマ王女殿下を海賊に攫われるという失態は、国内で大きな騒ぎになっていてな。無事で済んだものの、助けたのが君達他国の少年貴族という事で、海軍側に大きな不手際があったのではないかと追及される始末で大いに士気が下がっていたのだ。そして、海軍内部でも護衛の為に戦死した兵士達の中に裏切り者がいてエマ王女を攫われたという不名誉な疑いまでかけられていた。それで、救出した君達に実力を示してもらい、デマを一掃したかったというわけだ」


「そうでしたか……。海賊(ヘンリー)はかなりの技量を持った相手だったので、奇襲から後手に回ってしまったのは仕方がない事だと思います。僕達は先手を取る事が出来たので有利に運べたのです。故人を責めないで上げてください」


 ジーロが同情的にそう応じてガーシップ公爵に答えた。


 リューもそれに同意して頷く。


「君達命の恩人にそう言ってもらえたらこれで死んだ奴らの名誉も幾分かは挽回できた事だろう。ありがとう」


 ガーシップ公爵は、悲哀のこもった表情でジーロの言葉に感謝すると握手を交わす。


 リューも握手を交わすと、その後は武官達に囲まれ、普段の剣術の訓練方法などを詳しく質問される事になるのであった。



 パーティーは無事終わり、次のスケジュールの為、馬車に乗り込むと次の会場に移動する事になった。


 海軍の関係者達からは、これまで参加したパーティーの中で一番、別れを惜しまれるというおかしな雰囲気であったが、やはり武人というのは、清々しい者が多い。


 ケーン団長やツヨン団長も治療から見送りに駆けつけた。


「ミナトミュラー男爵、完敗だ。兄シーパラダイン男爵も相当な実力者なのだろう? また手合わせをと言いたいが、実力の差を思い知ったから、次回会う時は、ご指南を願いたいところだ」


 ケーン団長は笑って息子ほどに歳が離れているリューを誉めて握手を交わす。


「ミナトミュラー男爵だけでなくシーパラダイン男爵も底が知れないなぁ。──次回はもっと粘れるように、頑張りますよ」


 ツヨン団長はまだ、若い人物だから負けん気を見せたが、次回は勝つと言わないところが、実力を認めた証だろう。


 リューは笑って、


「ツヨン団長はケーン団長に正統派剣術を習ってください。今は型が無さ過ぎて、まだ、無駄が多いです。正統派剣術を吸収した時、二挺斧がもっと生きてくると思いますよ」


 とアドバイスをした。


「……そうか。俺はたたき上げで、今の地位に成り上がった人間だから、正統派剣術とは縁がなかったのだが、ミナトミュラー男爵のアドバイスだ。素直に聞いて試してみよう」


 ツヨン団長は笑みを浮かべると、握手を交わし馬車の扉を閉める。


 リューと次男ジーロ、護衛役のスードにとって、この破天荒なパーティーは結果的にこの過密スケジュールの中でひと時の楽しい時間になったのであった。


「貴族相手の美辞麗句より、こっちの方が気さくで良かったね」


 とリュー。


「うん。海軍の武人は清々しい人が多くて楽しかったね」


 とジーロ。


「次は自分もお手合わせしてもらいたいです!」


 とスード。


 そこへ、お付きの案内役が、


「次は、ドコラヘンノ侯爵主催のパーティーにシーパラダイン男爵。ミナトミュラー男爵はテキトーナ辺境伯主催のパーティーにお送りします」


 と無情なスケジュールを知らせる。


「「「今日はもう休みたい……」」」


 三人は、連日のパーティーに結局はうんざりして、内心でそう漏らすのであった。

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