第522話 特別試合ですが何か?

 思わぬリーンの反則負けに、会場はしらける雰囲気になっていた。


 観戦者の多くがリーンのとてつもない魔法によって、対戦相手のギレール・アタマンが腰を抜かしたように見えたからだ。


 しかし、ルールはルールである。


 第一回総合武術大会優勝は、ギレール・アタマンに決定するのであった。


 だがその前に、特別試合が用意されている。


 そう、リュー・ミナトミュラーVS勇者エクス・カリバールの対戦カードであった。


 この対戦も一応、ルールに則っての対戦となっていたが、決勝戦での反則負けでしらけムードになって今後の開催も危ぶまれたから、リューは急遽、勇者エクスにルールの変更を申し出た。


「上限なしに変更……、ですか……? でも、それだと勇者スキルを持つ私が有利になるかもしれませんが大丈夫でしょうか?」


 勇者エクスは驕りではなく、本気でそう思っているようだ。


 多分リューが予想していた勇者固有の切り札である特殊能力があるとみて間違いないだろう。


「今、宮廷魔法士団のみなさんには、リーンの魔法によって結界が破られたので、封じ込めるのではなく観戦席と会場の間に弾く事に特化している障壁魔法を四方に張ってもらう事で調整中です」


 リューがそう説明すると、丁度、四方に魔法の壁が張られ始めた。


「……被害は会場内部に抑えられるという事ですね? それなら大丈夫なのでしょう……か?」


 勇者エクスは被害が外に及ばない事を確認する。


 どうやら、リューの実力を多少は理解しているので、本気を出してもあまり問題なさそうだと考えを変更したように見えた。


「うん。僕も気を付けて力を使うし、エクス君も十分に力を発揮して観戦者をびっくりさせよう!」


 リューは今大会の成功の為に運営側として必死であったから、この後、会場がどうなるのかは考えず勇者エクスに協力を仰ぐのであった。


「……わかりました。私も気をつけつつ、会場が盛り上がるように努めます」


 勇者エクスにとっては会場を盛り上げる立ち回りというのは、苦手な事であったが了承する。


「よし、それじゃあ、最初はお互い加減して様子をみつつ、徐々にね!」


 他人が聞くと八百長にも思える言葉であったが、二人にとっては相手に対し、本気を出して良いのかわからない特別試合であったから、この確認は大事な事であった。


 リューは確認すると自分の控室に走って戻っていく。


「ミナトミュラー先輩の実力、どれほどのものなのだろうか? アレを使う事にならないとは思うけど……、その時はその時か」


 勇者エクスは一人そうつぶやくと、試合開始を前に深呼吸するのであった。



「それでは表彰式の前に特別試合を行います。両者の出場は、会場を破壊する恐れがあるという事で、大会出場は見合わせてもらっていました。つまり、ここからは大会ルールを越えた戦いが行われます! 両者入場してください!」


 司会進行役である宮廷魔法士団の団員が、説明するとリューとエクス入場を促す。


 二人は勿体ぶることなく、大会指定の剣を手にステージに上がる。


「それでは、みなさん。王立学園が誇る二人の生徒による特別試合を始めます。リュー・ミナトミュラー二年生対エクス・カリバール一年生の対決……。──それでは始め!」


 司会が審判に代わって、そう告げると、二人は開始と同時に剣を構えて踏み込むと剣を交える。


 その衝突とも言うべき一撃で、周囲に大きな風が起こる。


 リューもエクスもお互い相手の力の探り合いだが、その一撃でまだ、本気を出して良い事が理解出来た。


 勇者エクスは各身体強化魔法を使って試合に臨んでいたが、すぐに『チーム能力倍増』能力を使用する。


 これにより、自分の能力も倍増されるのだ。


 リューはここまで想定の範囲である。


 要はここからエクスに裏の手を使わせる事が出来るのかであった。


 リューとエクスは距離を取った状態で無詠唱で魔法を無数に相手に放つ。


 お互いの魔法はぶつかり合い、会場内で炸裂し、ステージはどんどん壊れていく。


「す、凄い……。これが勇者であるカリバール男爵の力か……」


「その勇者相手に互角に渡り合っているミナトミュラー男爵もとんでもないぞ……」


「両者ともまだ、下級生なのだろう? 将来、どうなるのだ……?」


 観戦者達は剣から魔法に移行しての攻防に呆気にとられていた。


 これは観戦者だけでなく運営側に協力している宮廷魔法士団も同じである。


 ただし、こちらは高度な障壁魔法で会場の四方に魔法の壁を張りながらだったので流れ弾が障壁に当たって跳ね返る度に、


「なんて威力してやがる……」


 と、内心驚愕していたのであった。


 リューとエクスは徐々に相手が手加減無しで大丈夫そうだと確認するとギアをアップしていく。


 リューは元々強い相手にあんまり加減が出来ず、その上げ方は雑であったから、勇者エクスからすると、急にレベルが上がったリューが本気を出してきたと感じた。


 その為、勇者エクスは切り札を出す事にした。


「……ならば、勇者スキル最大の最強の能力……、『対魔王極限上昇』!」


 勇者エクスがそう叫ぶと、その体から光の魔力のオーラが溢れだし、髪が逆立つ。


 その周囲には溢れる魔力の暴走に暴風が巻き起こり、会場内の破壊されたステージの石の欠片が上空に舞い上がる。


 リューはどこ吹く風で、その状況を見守っている。


「これが勇者エクス君の切り札か! 多分、長時間の発揮は無理そうだから、勝負をさっさと付けないといけないね!」


 リューは嬉しそうに言うと、先程の魔法攻撃から剣に代えて勇者エクスに斬りかかる。


 勇者エクスは狂戦士のように「うぉー!」と叫ぶとそのリューを迎え撃つ。


 その戦いは観戦者から見ても早すぎてわからないものであった。


 剣の打ち合う音が何度もしているのは聞いていてわかる。


 だが、両者の衝突が激し過ぎて細かい駆け引きなどはさっぱりであった。


 その戦いの一挙手一投足を見て理解出来ていたのはリーンと極一部の者に限られた。


 何度ものぶつかり合いの後、リューが剣に魔法を唱える。


 それは一見すると、雷魔法に見えた。


 勇者エクスもそれを認識すると同じく剣に雷魔法を唱える。


 二人の剣はその雷魔法によって覆われ、バチバチという音を立てた。


 そして、それを振るって相手に襲い掛かる。


 激しい衝撃音と共にそこから眩い閃光が弾け、観戦者全員の視界を一瞬奪った。


 その後、観戦者達が見たものは……、一人の生徒が倒れ、もう一人は自分の服の汚れを叩いている光景だった。


「しょ、勝者リュー・ミナトミュラー男爵!」


 巻き込まれないように離れたところから見ていた審判が、立っているリューを視認してそう宣言する。


 その言葉に、観戦者達は激闘を讃えて万雷の拍手と大歓声を上げるのであった。

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