第518話 総合武術大会初日ですが何か?

 総合武術大会の初日は、やはりと言うべきか四年生を中心に上級生が勝利する試合が多かった。


 学園での四年間の経験は伊達ではなかったという事だろう。


 この大会のルールはなるべくハンデがないように設定してある為、経験がものを言う。


 試合というのは才能があってもそれを百パーセント発揮できるかというと、そうではない。


 対戦相手は悠長に相手の実力を発揮するまで待ってはくれないし、逆に発揮させないように立ち回るというのが、セオリーである。


 経験豊富な上級生は相手が優秀な成績とスキル持ちの下級生が相手でも対策を練って戦う術を学んでいたから、上手い立ち回りで圧倒する者もいた。


 実際、上位進出の期待を寄せられていた一年生の成績優秀者であるエミリー・オチメラルダ嬢は初戦をその才能で鮮やかに勝利したものの、二回戦では対戦した無名の四年生に減点ポイント僅差で敗退するという波乱が起こり観戦者のみならず、応援する一年生からも悲鳴が上がったものだ。


「くっ……。 実力を発揮できれば勝てない相手ではなかったのに……」


 エミリー・オチメラルダ嬢は悔しそうに不満を漏らした。


「相手は最初からエミリー嬢に大技を使わせないように下級魔法でけん制し続けていたし、接近されないように下級土魔法で足元を攻めたりしていたから、あちらの作戦勝ちだよ」


 裏方としてメイン会場である武闘場の裏方に回っているリューが、エミリー嬢の敗因について的確な指摘をした。


 そして、続ける。


「この敗因を基に来年は格下の相手とどう戦うべきかわかったんじゃない?」


「……すぐ終わらせようと大技を狙わず堅実に戦う……、という事ですか?」


 エミリー嬢はリューの言いたい事を察して答えた。


「そうだね。それに自分の弱点が何なのか、それを補う為にどう立ち回るべきなのか、これからどう努力するべきなのかを考え、行動に移して経験を積み重ね、知恵にする事が必要かな。経験は知識以上の糧を与えてくれるからね」


 リューは周知の事実だがランドマーク本領である魔境の森で、魔物相手にあらゆる経験を積んできていたから、その言葉には説得力がある。


 リューの実力にしても、一朝一夕のものではないのだ。


 エミリー嬢は同級生のレオーナ・ライハート嬢と一緒にリューやリーンと鍛錬を重ねて来ていたからその言葉の重みが理解出来た。


「はい……。来年こそ上位進出できるように励みます……」


 エミリー嬢は頷くと控室に戻っていくのであった。



 エミリー・オチメラルダの敗退は、観戦席でも意外なものであったが、だがそれはこの大会のルールがいかに波乱を起こしやすいものなのかを示す事になった。


 一年生の大会参加者約五十名の多くが成績上位者が多い。


 二年生もそれは同じで、約八十名の参加者の多くは成績優秀者ばかりだ。


 三年生約百二十名は来年の就職活動を見越して満遍なく参加しているが、経験も踏まえて油断できない相手が多い。


 四年生はギレール・アタマンのような首席の実力者という例外を除き、就職活動真っ盛りの成績低めの生徒が多く、エミリー・オチメラルダに勝利した生徒もその一人だった。


 つまり既存の大会ルールでは計れない、目には見えない経験が勝敗に大きな影響を与える大会という事である。


「ルールによる縛りが多いから、地味な大会になるのではと思ったのだが、意外に興味深いな……」


「学園の成績のみでは評価できない部分が垣間見えて良い大会ですなぁ」


「成績優秀であるエミリー・オチメラルダ公爵令嬢に勝利した四年生はまだ、内定無しか……、あれならうちの騎士団で考えていいかもしれないな……」


「いやいや、あのタイプは冒険者ギルド向きです。うちに誘いますよ」


 観戦者である関係者からは、今回の大会ルールを評価しつつ、良い試合を行った四年生達の再評価が行われ始めていた。


 これには生徒の就職先を少しでも良いところに行かせてあげたい学園長や教師陣もニンマリである。


「うちの成績不振な生徒も出場させておけば良かった……」


「うちは問題児であった生徒も出場させて初戦で勝利していますから、どこからか声が掛かるかもしれません」


「オチメラルダ嬢に勝利したのはうちのクラスの生徒ですが、一緒に対策を練っておいて良かったです」


 生徒の担任である女性教師がホッとする光景に他の教師達もお疲れ様です、と労を労う姿が印象的であったが、リューはそれを脇目に大会進行の為、忙しく動き回っていた。


「武闘場会場の第四ステージ第三戦出場の生徒の方々は至急お集まりください!」


 リューが近くの教師にお願いして音魔法で声を大きくして会場に響き渡るよう知らせる。


 そんな中、参加者が多く、試合会場も九か所二十三ステージもあるから、生徒達も近くのトーナメント表を見て、自分が次どこで試合をするのかをチェックしていた。


「あ! 俺、ここの会場じゃないや! 三年校舎の体育館の方だった!」


「こっちは二年生グラウンドじゃなく、一年生グラウンドかよ!」


「今、呼ばれたの俺か! やべー、試合、まだかと思ってた!」


 こんな感じで一部混乱をきたす事もあったが、大体は生徒会の運営とこの日の為に雇ったスタッフや学園の職員達の協力もあって大きなトラブルはほとんどなく進行するのであった。


「リュー、私、順調に勝ち上がっているわよ!」


 忙しいリューの下に他の会場で試合をしていたリーンが知らせにきた。


「おめでとう、ご苦労様! ──という事はリーンは明日まで試合はもうないよね? じゃあ、女子の試合進行を手伝ってあげて!」


「えー!? ちょっと! 私もさすがに少しは疲れているのよ!?」


 リューは祝福もほどほどにそう言うと試合直後のリーンも働かせるのであった。

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