第497話 楽しい昼食ですが何か?

 最近、リューの学園生活は生徒会役員になった事で多少忙しく、それ以外での商会長としてや、街長、組長としての仕事が大変であったのだが、一度全体の分担を見直す事でかなり効率化をはかれて時間にも余裕が生まれるようになっていた。


 そういう理由で、学園生活は余裕が持てていたから、一年生との交流にも時間が割けている。


 その一年生と言えば、リューが元々架空の存在であったダミスター商会を新鋭の商会として作り、それを使ってエミリー・オチメラルダ公爵令嬢を支援しているのだが、当人はそれが未だリューの作った商会だとは知らない。



 そんなエミリー・オチメラルダ嬢は、最近、頻繁に二年生である王女リズとミナトミュラー男爵のグループの食事に誘われるようになっていた。


 一緒にレオーナ・ライハート嬢も同席していたので、少しは気持ち的には楽であったがやはり、当初は対立していた相手だ。


 緊張は避けられない。


 だが、何度も食事を一緒して話していると、エミリー嬢は不思議な気分になっていた。


 それはリュー・ミナトミュラーの発言がお世話になっているダミスター商会の会長アント(アントニオ)の印象にダブる時があるからだ。


 ダミスター商会のアントはこの王都で孤立無援であったオチメラルダ公爵家の自分に唯一支援を申し込んでくれた人物であったし、金銭面だけでなく悩んでいたら相談にも乗ってくれていた。


 そんな親身になってくれているアントと昼食でよく声を掛けてくれるリュー・ミナトミュラー男爵の言葉が不思議と似ている事に内心驚いていた。


 確かにリュー・ミナトミュラーは貴族のパーティーでも助け舟を出してくれる気遣いを見せてくれたり、こちらが敵対行動を最近まで取っていたのに、気分を害する事無く普通の対応もしてくれている。


 その余裕というか優しさというか発言や行動の端々にダミスター商会のアントが被るのだ。


 エミリー嬢がそう感じるのも仕方がない事ではある。


 なにしろアント(アントニオ)の言葉はリューの指導の下で、エミリー嬢に対しているからだ。


 アントの言葉はほぼリューの言葉であったから、エミリーが不思議な気持ちになるのも仕方がないだろう。


 それにアントはエミリー嬢がリューについてネガティブな印象を持っていると、やんわりと諫めて彼を直接知る努力をした方が良いとアドバイスしたりしていた。


 アントにとって上司でありボスであるリューを擁護するのは当然であったが、エミリー嬢のリューに対する印象が良くなった一端には、実はアントのアドバイスもあったのだ。


 エミリー嬢はそんなわけで、リューの印象が当初とは違ってガラッと変わり、ルーク・サムスギンがリューの悪口を言えば、不機嫌になるくらいにはリューに対する好感度はかなり上がっていた。


 そして、ルークが停学になった事で、孤立していた勇者エクスに対する印象もアントやリューの言葉でかなり変わって来ていた。


 今までは、親友ルークの言葉以外に聞く耳を持たない完璧主義者という感じで、あまり人間味を感じていなかった。


 しかし、その勇者エクスがリューに対して嫉妬の感情を抱いている事に、彼も人間らしい感情があるのね、とエミリー嬢も多少なりに驚いたものだ。


 そして、敵対していたはずのリューが食事の際には、その勇者エクスを擁護し、食事に誘ってくれるようお願いされた。


 エミリー嬢とレオーナ嬢は、今では孤立気味の勇者エクスに近づきがたい雰囲気を感じていたから迷うところであったが、そんな時、アントに「オチメラルダ家の為にも、あなたがミナトミュラー男爵とエクス・カリバール男爵を引き合わせて恩を売っておくと後々の利益になると思いますよ? それに、私も商売人としてそちらの方が都合がいい」と、お互いの利益になる事も勧められた。


 エミリー嬢はダミスター商会の支援でオチメラルダ家が支えられているのを十分理解しているから、お互いの利益の為にも承諾し、レオーナ・ライハート嬢も説得して一緒に勇者エクスを誘うのであった。



 こうして、勇者エクスも二年生との食事に参加することになったのだが、今度はその勇者エクスがやはり緊張した面持ちになっていた。


 エクスにしてみたら敵対し続けていた相手であったから、居心地は当然悪いし、何より親友であるルークにも申し訳ない思いがあった。


 リューに対する印象は王女リズの言葉や、これまでの自分に対する振る舞いで誤解し続けていた事は今の自分でも理解している。


 しかし、これまでのルークを通しての言動がかなり失礼であった事は王女リズによって注意された。


 その事についてリューからは気にしていないと許されていたが、自分もちゃんとした謝罪が出来ないまま食事にも参加していたから、いつかは謝らないといけないと自分に言い聞かせていたのだ。


 それに今ではリューの人としての器には、自分に足りないものとして嫉妬もしていたから、素直になれないでいる。


 食事の時、リューは気さくに自分にも話しかけてくれていたし、それに応じて受け答えはしていたが、内容はあまり覚えていない。


 あまりにも何事もなかったように、話しかけられて戸惑いが先に来てしまったのだ。


 これまでの失礼な行いについて責められる覚悟は出来ていたのだが、それに対して皮肉の一つもなくそれどころか気を遣ってもらっている事に恐縮する。


 学年は違っても同じ年齢のはずだから、この自分との違いに敗北感を感じるのであった。


 そんな沈んだ気持ちの勇者エクスに対して、リューが「今度生徒会二年生主催のイベントとして学園全体の総合武闘大会を行う事になるから、対戦する時はよろしくね」と声を掛けられた。


「それはどういう……?」


 勇者エクスにしたら、弱みしかない自分に対して、手を抜けと言われているようにも聞こえた。


「うん? お互い全力で戦おうって意味だけど? あ、でも、ルールで能力について制限とかかけられるから、全力というわけにもいかないか! 今回のルールは、僕達で決めておきながら、誰が勝つか全くわからない大会になりそうなんだよ……。そういう意味では優勝候補のエクス君も勝てるかわからないから気を付けてね。はははっ!」


 とリューが冗談を言う。


「……わかりました。これまでの失礼をお詫びする為にも必ず勝ち残り、ミナトミュラー男爵と良い試合が出来るように全力で頑張ります」


 勇者エクスは、何を思ったのか、リューに手加減無しで応じる事が今の自分に出来る事だと判断したようだ。


「……なんか火を点けちゃった?」


 リューはその反応を見て苦笑するとリーンに聞く。


「いいじゃない。──その前にこの中の誰かがエクスを倒しちゃうかもしれないけどね?」


 リーンが二年生全員を代表して勇者エクスの発言に応じる。


「そうだぜ。今回俺は打倒スードだが、その邪魔をするならエクスも倒すさ!」


 ランスが早くも打倒スード宣言をした。


「ここにいる全員が初戦で上級生に負ける可能性もある。その逆もあるけどな」


 イバルがすでにルールを理解しているのか、勝ち残る難しさを指摘する。


「それが今回のイベントの面白いところだよ。一年生はハンデも付くし、楽しみにしておいてね」


 リューは勇者エクスの肩を叩くと、笑顔でそう答えるのであった。

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