第496話 何も得られませんでしたが何か?
アイロマン侯爵は、苦虫を嚙み潰したような表情で部下からの報告を受けていた。
その内容はミナトミュラー商会のラーメン屋に毎日行列が絶えない事、その周辺に似たお店をアイロマン商会の名で何店舗も開店させて客を横取りしようとしたがことごとく失敗に終わり、連日相当額の赤字が出ている事などである。
「料理人達は何をやっているのだ! あちらを潰す為に赤字が多少出るのはいつもの事だから問題はない。だが、王都の一流料理人達が雁首を揃えておいて、真似が出来ない事など、これまでなかっただろう!?」
部下は、
「料理人達の報告では、使用している調味料から全くわからないから真似のしようがないとか……。似たものを作るにも限界があると言っています。一応、同じ様にスープに麺を浮かべたものを作りはしたのですが、あのつるつるしこしこの麺の感じと複雑なスープの味、ほろほろと崩れる程柔らかいチャーシューと呼ばれるお肉に独特の味が付いた玉子、他にもメンマと呼ばれるもの、など作り方が全く想像できないものが多く、それを再現できていない為、客からは酷評の嵐だそうです」
と自らも食べて味を思い出したのか、ちょっと夢心地な雰囲気で報告した。
「それを再現するのが料理人達の仕事だろう! 高い給料を払ってやっているのに、この役立たず共め! クビにされたくなかったら似たものを作れと言っておけ!」
「は、はい!」
部下は現実に引き戻されるように返事をすると部屋を飛び出していく。
アイロマン侯爵は何日経っても結果を出さない料理人達に怒り心頭であったが、それもすぐに収まった。
「……過去にも料理人が真似するのに時間が掛かった事はある。ならばいつも通り次の手を打つまでよ」
アイロマン侯爵は気を取り直して不敵な笑みを浮かべると、執事に何か命令をするのであった。
「若、ラーメン屋は十店舗全て連日満員御礼で、客足がまだ伸びているぜ。あと、アイロマン商会の嫌がらせだが、予想通り各店舗の周辺に何店舗も似たものを出すお店を開店させたが、『竜星組』の若い衆に客として出向かせて、店先で酷評させておいたから、それが口コミで広がり、みんな敬遠しているみたいだ」
ミナトミュラー商会の副代表であるノストラがラーメン店王都事務所の視察に来ていたリューに報告をした。
「ちょっと、輩みたいな事止めてよ?」
リューは前世で地上げ屋がやるような、相手の評判を落として買い叩く時に使うのと同じ手法は感心しないから注意した。
「ちゃんとうちのラーメン店と比べて、パクリな上に味が数段落ちる事実を喧伝しているだけだぜ?」
ノストラは心外とばかりに事実のみだけ言わせている事を強調した。
「はははっ……。まぁ、あちらも厭らしい手段取っているから、それ相応の対策でいいけど。でも、一応、あちらは
リューはカタギ相手ならカタギの世界の対応をする。
もちろん、相手が手段を選ばなければこちらもそれ相応の対応をするが、まだ、その時ではないだろう。
それにあちらは立派な侯爵家でもある。
一応、商売人としてまだ、まともなやり方で邪魔をしようとしているだけかなりマシなのだ。
これが、力ずくだったりすればその時はリューも黙ってはいないだろう。
「──わかったよ。まぁ、あっちの次の手は俺にも読めているから、従業員達にもしっかり言いつけているけどさ」
ノストラも裏稼業が長いが表では商業ギルドの職員もしていた時代があるから、アイロマン商会の手の内は多少把握している。
汚い手も噂で耳にしていたのだ。
「はははっ。次の手は従業員の買収だね? 作り方や材料の情報を入手するなら、従業員の買収が手早いものね」
リューも次仕掛けてくるであろう策は大体把握できる。
「「でも──」」
リューとノストラは偶然合わせて言う。
「「うちには通じない」」
二人はそう言って視線を交わすと笑みを浮かべるのであった。
「買収しても情報が得られないだと?」
「はい……、奴ら情報漏洩を恐れて徹底しています」
アイロマン侯爵は数日後、早速、リュー達の読み通り、ラーメン店の従業員を買収して情報を入手しようとしたが、失敗に終わっていた。
ミナトミュラー商会は完全分業制を敷いており、店舗におけるホール担当、調理担当、各店舗への材料の運搬担当など各店舗に出入りする従業員は任せられた仕事しかやらない。
そうする事で、効率化を図ると同時に、情報の漏洩対策も徹底している。
自分の仕事に関する事以外、情報を与えられていないのだ。
アイロマン侯爵は従業員なら誰でも良いと思って、ホールの従業員を買収して情報を聞きだそうとしたが、ホールの従業員は注文を取り、配膳するのが仕事であり、それ以上の情報を与えれていない。
だから、買収されても提供できる情報がほとんどないのだ。
調理担当も材料や調味料などは、運搬担当が王都郊外の工場から定期的に運び込んでくるので詳しく知らされていない。
運搬担当にしてもどういう風に作っているのか知らないから、仮に買収されても答えようがなかった。
そうなると、工場を特定してそこの従業員を買収すればいいのだが、そちらも同じく徹底して分業制を敷いていたし、何よりマイスタの住人を雇用しているので、万が一にも雇い主を裏切る者はいない。
なにしろミナトミュラー商会の会長は、自分達の街の長であるリューだ。
買収されて情報を流すという事は、それは暗に『竜星組』の組長を敵に回す事でもある。
それを考えるといくらお金を積まれても裏切れるわけがない。
当然、リューへの恩義もあるし、適当な金で地元を敵に回すわけにはいかないのだ。
こうしてアイロマン侯爵の第二の手は、ことごとく失敗に終わり、その間もラーメン店の周辺に嫌がらせで開店させた三十店舗以上のお店は、赤字をどんどん垂れ流していくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます