第498話 南部からの使者ですが何か?

 リューが治めるマイスタの街は本家であるランドマーク家から与えられた領地であり、それを守り発展させるのが与力としての仕事である。


 リューの場合、本家の発展に多大な貢献をし、自分の商会も設立、成功している例はほぼ他の領地ではありえないかもしれない。


 それほど、リューの成功は注目の的になっていた。


 それに普通は寄り親である本家がそこまで発展すると他の領地も発展させる為、その領地から別の領地に転封する事もある。


 それが寄り親と与力の関係性だ。


 同じ貴族とはいえ、領地は寄り親からの借りものであり、貴族への推薦も寄り親からのお陰であるから、与力は立場が弱い。


 だから与えられた領地でやり過ぎると釘を刺されるのが、普通である。


 だが、リューの場合、寄り親が実の親であるから、その心配はない。


 それどころかファーザ・ランドマーク伯爵は学園卒業後は、そのまま今の領地を持って独立していいとまでリューに言っているのだが、本人はまだ、それを承諾していないのである。


 まだ、未成年である事も理由の一つだが、本家を支える事こそを是とし、その発展こそが最優先されるべき事と考えていたから、骨肉の争いも貴族間では普通にある寄り親と与力としての関係性はとても良好であった。


 外部から見るランドマーク伯爵領はそういう意味ではとても異常に見えたかもしれない。


 なにしろリュー・ミナトミュラー領だけでなく、同じ与力であるジーロ・シーパラダイン魔法士爵領にしても、本家の発展著しいランドマーク伯爵領都よりも遥かに大きな街を擁している。


 シーパラダインの街がそもそも元伯爵の領都であった事からもその大きさは容易に想像がつくところだが、ランドマーク伯爵はそれを息子の一人とはいえ、与力に与えてしまうのだから常軌を逸していると言えた。


 そんな与力に対して甘いランドマーク家だが、本家の発展も勢いはすさまじい。


 まず、王都に展開しているランドマーク商会は現在、王都に数多ある大商会の中でも指折りの商会にまで発展していたし、本領の方でも、商会として近隣に影響力を発揮し、元寄り親であるスゴエラ侯爵領や長男タウロの婚約者の親であるベイブリッジ伯爵領にも商会の生産拠点を持っており、南東部でもその発展ぶりは驚異的であった。


 しかも、それらは周辺貴族からは好意的に見られているのだから、ランドマーク伯爵や、嫡男タウロの人たらしぶりが見て取れる。


 それに近隣貴族には資金援助で恩を売り、時には領内経営についてアドバイスもしていた。


 それはランドマーク伯爵派閥内に留まらず、他所の派閥の貴族にも同じようにしていたから、無駄に敵を作らず、場合によっては擁護される事もあるくらいには、敵味方問わず好感を持たれ始めている。


 特に南部では当初、いくつかの派閥が急成長のランドマーク伯爵派閥に対して敵対心を抱いていたが、前述のように領地経営についてのアドバイスや資金援助もしてくれる事から領民にもいい噂が絶えず、領主もランドマーク伯爵に対して好感を持つ者が増えていたから、敵対派閥長がいきり立っても周囲がランドマーク伯爵を庇うという変な図式が出来ていた。


 これはランドマーク家の日頃の成果であるが、他には裏で動いている組織が関係していた。


 それは、南部裏社会で勢力を伸ばしつつあるシシドー一家の存在であった。


 王家直轄領エリザの街を拠点とするこのシシドー一家は表向き、どこにも属さない南部の一大勢力であったが、ランドマーク家の為に密かに動いており、良い噂もここから発信されていたのだ。


 シシドー一家の行動はもちろん、親である『竜星組』の意思を汲んでの行動であり、それはリュー・ミナトミュラーの考えである。


 そんなシシドー一家の本拠地がある王家直轄領エリザの街。


「お頭、本家に渡りを付けて欲しいと接触してきた奴がいるんですが……」


「本家に? どっちの本家の事だ?」


 シシドーは部下の話に聞き返した。


 シシドーにとって本家を指すのはシシドー一家の親であるリューの『竜星組』だが、その組長であるリューの親はランドマーク家であるから、シシドーにとっても大きな意味で本家という事になるからだ。


「へい、それが親である『竜星組』の方でして」


「何!?」


 シシドーは大きく反応した。


『竜星組』とシシドー一家の関りを知っている人間は限られるからだ。


 シシドー一家は、『竜星組』傘下シシドー一家が正しい名乗りになるのだが、それを使う事はほとんどない。


 南部に勢力を伸ばすには地元の組織である事をアピールする方が都合がよく、王都に勢力を持つ『竜星組』の名を使うと、警戒される事が多いからだ。


「……どこのどいつだ、『竜星組うちの親』に渡りをつけて欲しいって奴は?」


「へい、サウシー伯爵の部下を名乗っています」


「サウシー伯爵っていうと、港街サウシーを領都にするあのサウシー伯爵か?」


 シシドーは意外な名前に軽く驚いて聞き返す。


 サウシー伯爵とは南部抗争で、『エリザ南部連合』と最終決戦を港街サウシーで行った事から、裏でリューが交渉して大きな騒ぎにならないようにしてもらった経緯がある。


 その時の当事者の一人がシシドーであったのだが、自分を通り越して『竜星組』に接触したいというのはどういう事だろうか?


「何でも最近サウシー港街の沖で海賊が出るとか……。その海賊退治をお願いしたいらしいです」


「はぁ? なんだそりゃ? ──海賊退治となるとそれはサウシー伯爵の領兵か、王家に泣きつく問題だろう? 何で裏稼業であるうちの『竜星組』に泣きつくんだ?」


「その海賊ってのが、かなり手ごわい相手で領兵も蹴散らされて被害が甚大な事、王家直轄領の代官に軍の派遣を願い出たところ、現在援軍を出す余裕がなく、「王都からの派兵されるまで待たれたし」という事から、それまで待っていられないと以前の伝手で『竜星組』に頼ろうとしているみたいです」


「……そんな事で若の手を煩わせるわけにはいかないんだが。……でも、仕方ない。相手は伯爵だ、駄目元で若に取り次いでみよう」



「──それでランドマーク領都まで、数日かけて連絡しに来たの?」


 リューはいつもの日課で、ランドマーク本領には毎朝顔を出している。


 南部のシシドーには月に一度、定期連絡をさせるのみなので、いつも顔を出す、ランドマーク領都に連絡をさせていた。


「……詳しく手紙にも記してあります」


「どれどれ……。──ふむふむ……、なるほどねぇ……。サウシー伯爵とは貿易関連で親しくしておきたいから協力はしたいけど、うちも出せる兵隊がな……。それも相手が海賊という事は海戦でしょ? そんな特殊な場所を得意とするような戦闘集団は、さすがにうちにもいない……、あ、いた!」


 リューは思い出したとばかりに明るい表情を見せた。


「そんなのいたかしら?」


 傍に居たリーンがリューに聞き返す。


「戦好きの伯爵が治めていた元領都には、海戦も得意な戦闘集団がいたはずだよ?」


 リューは笑顔でリーンにヒントを出した。


「それって……、あ……! ジーロのところのシーパラダイン領都の事ね!?」


「うん。ジーロお兄ちゃんの留守の間は、執事のギンがシーパラダイン領を治めているけど……、スゴエラ領都の学校に通っているジーロお兄ちゃんにも手紙を出しておこう」


 リューはそう判断すると、丁度、城館から出てきた父ファーザにお願いして、早速次男ジーロに使者を出してもらうのであった。

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