第494話 続・最終日ですが何か?

 ショウギ大会最終日の決勝戦は、休憩時間を挟んで行われる事になった。


『ショウギ名人』フナリ(ノストラ)。


『二番手』ニゴー(多分、宰相閣下)。


 この二人の対戦は、ショウギファンの観戦者達にとって注目の的であった。


 休憩時間ではこの両者も無意識に甘いものを脳が欲したのか会場に出された出店でスイーツを購入していた。


 フナリ(ノストラ)には、リューのところから派遣されている警備員が付き、ニゴー(多分宰相閣下)には、仮面集団とそれを守るように近衛騎士が複数名付いていたから、両者が向かう出店では異様な雰囲気になる。


 ショウギファンの中には、応援の為にこの両者へ遠巻きにでも声を掛けようと接近する者もいたが、すぐに各護衛に止められ、独特の緊張感がさらに増す事になった。


「今回は『ショウギ名人』フナリ氏も死闘になると考えているのかピリピリしているな……」


「『二番手』ニゴー氏のところは当人もだが、なぜか警備の近衛騎士様も異様な緊張感を凄く漂わせていて雰囲気だけなら負けていなかったぞ?」


「俺は『優勝候補』イチゴー氏とニゴー氏が対局後、何か言い合いをしているところを見かけたんだが、その後だぜ、その異様な緊張感を近衛騎士様達が漂わせ始めたの」


「仲間同士で揉めているのか?」


 等と観戦者達は両者の休憩時間の過ごし方まで観察して、分析を始めていた。


 ちなみに当人達だが、ノストラは決勝の対局相手であるニゴーについて、ラーシュの健闘とノストラの勝利を褒めに来たリューに質問していた。


「若、仮面の集団は一体何者なんだ? 相当レベルの高い指し手達だぜ? 名前は嘘っぽいし、顔まで隠してそんなに正体がバレるのが怖いのか?」


 偽名を使って参加しているノストラが言う台詞ではないが、その疑問も当然である。


「あはは……。あちらは総責任者レンドが許可した特別参加枠だからね。僕も中身が誰なのかわかっていないんだよ。──まぁ、予想は付いているけど……」


 リューはノストラの疑問に苦笑して答えた。


「ノストラさん、リュー君にも知らされていないという事は、本家であるランドマーク家より上の存在という事なので、追及はそれまでにしましょう」


 とラーシュが上司であるノストラを窘める。


「そんな事はわかっているさ……。だが、顔くらい見せて勝負してもらいたいじゃないか」


 ノストラとしては相手の表情を読めない対局はやりづらいのかもしれない。


 愚痴を続けたいところだが、部下のラーシュに注意されるとあまり言えなくなるのであった。


 その一方で少し前のニゴー陣営は……。


「私はお前の主君だぞ? 華を持たせようと思わなかったのか……?」


 イチゴーが敗戦後、不満そうな声を上げてニゴーに文句を言っていた。


「イチゴー様、この大会参加直後は手加減抜きとおっしゃっていたでしょう? 私はその通りにしたまでですよ。はははっ!」


 ニゴーは主君であるイチゴーに笑って応じる。


「お二方とも、実に素晴らしい対局だったかと。それより甘い物でも食べて決勝に備えてはいかがでしょうか?」


 サンゴーがイチゴーとニゴーに気を遣って間に入った。


「おお、そうであった! 確か出場者限定でランドマークケーキが無料で食べられると聞いておる。ニゴーよ、早速、食べに行こうではないか」


 イチゴーはニゴーに負けた事よりも、スイーツが食べられる事に機嫌を直すのであった。


 この仮面集団の正体はイチゴーが国王であり、ニゴーは宰相、サンゴーは侍従長ボジーン男爵(ランスの父)、ヨンゴーは近衛騎士団長、ゴゴーは近衛副団長の面々である。


 豪華メンバーではあるが、近衛騎士団としてその警備は実に大変なものであったから、異様な緊張状態になるのは仕方がなかった。


 会場は平民から貴族まで沢山の観客が集まっている。


 それらが、異様な熱気を生み出し、刺激を受けた観客は興奮してやまない者はいくらでもいたから、国王や宰相にその正体を知らずに声を掛けて来る者は多くいたのだ。


 そんな訳で、両者とも会場全体の異様な熱気の中、休憩時間を過ごすのであった。



「──それでは、決勝対局を始めます! 両者入場!」


 司会者がそう宣言すると、フナリとニゴーが中央会場特別施設に左右から入場する。


「頑張れー、フナリ!」


「ニゴーも頑張れ!」


「ショウギ名人、勝ってくれ、あんたの勝利に賭けているんだ!」


 観戦者達からは、様々な応援の声が聞こえてくる。


 勝敗には賭けも行われており、胴元はもちろんリューであった。


 司会はそれらの応援の声を落ち着かせると、両者に意気込みを聞く。


 ノストラも宰相も対局前という事で、短く「勝ちます」と抱負を語ると早々に対局席に着く。


 その瞬間、応援の為に騒いでいた多くの観客もピタリと静かになる。


 二人の真剣な表情とその緊張感が伝わってきて、思わず息を飲んで黙った感じであった。


「──それでは先手はフナリ氏。それでは始め!」


 司会が開始を告げるとすぐに、


 パチン!


 という、駒が刺される音が会場に響き渡るのであった。


 対局は一進一退の攻防で進んで行く。


 フナリ(ノストラ)の棋譜(対局の記録)は世間に出回っているので、ニゴー(宰相)もよく知っていた。


 つまり、手の内をある程度把握している。


 それに反してノストラはニゴーが何者か知らない上に、対局を実際見たのは、準決勝の対イチゴーの対局のみであったから、ニゴーがどんな指し手なのか対局の中で手探りで慎重に指すしかなかった事が、勝敗を決した。


 ノストラは慎重になり過ぎて、ラーシュ戦同様、受けに回っていたのだが、ニゴーはそうなる事をわかっており、後半怒涛の攻撃を仕掛ける。


 そして、ノストラはそれを受け流しながら少しずつ攻撃を仕掛けていたのだが、次、相手が一手ミスをすれば相手を詰むところまでの道筋ができるというところまで行ったところで、ニゴーがその一手差で先にノストラを詰むのであった。


「……参りました」


 ノストラが初めて公式戦での負けを口にした。


 それまで会場は静かで駒を指すパチンという音だけが鳴り響いていたが、この敗北宣言に、会場はこの日一番の歓声が巻き起こる。


「「「おお!」」」


「「「うわぁ!」」」


「「「フナリ氏が負けた!?」」」


 対局の結果に驚きと共に、優勝候補フナリの敗戦に会場は大いに盛り上がるのであった。

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