第489話 前日の打ち合わせですが何か?

 ランドマーク主催の第二回にあたるショウギ大会が行われようとしていた。


 前回大会から一年も経っていないのに開催決定したのは、あまりの人気から貴族をはじめ、お金持ちなどの知識人層から潤沢な資金の提供があった為、商売人でもある責任者のレンドが決断した事による。


 もちろん、その相談はショウギの発案者であるリューにも相談して第一回優勝者のノストラも会場探しに動いた事は周知の事実だ。


 会場は無事、王城傍の大きな広場が確保され、その警備には近衛騎士団も参加するという事態になっている。


 大会参加者には前回以上に貴族や武官も多くいる事も近衛騎士団を動かすきっかけになったようだが、リューはそれだけではない気がしていた。


 そんな近衛騎士団側の警備責任者は、懐かしい事に王女リズの南部地方巡りの際に警備を担当してくれたダンテ・ヤーク子爵であった。


「お久し振りです、ヤーク子爵。お仕事とはいえ、こんな庶民の大会の警備は不服じゃないんですか?」


 リューは大会前日の最終打ち合わせでようやく顔を合わせた懐かしい人物に少し茶化して声を掛けた。


「ミナトミュラー男爵殿、久し振りだな。──私は不服な事など一切ない。今回の会場は王城傍だからな。ここでの大会を許可した以上、問題が起きては王家の名に傷がつく。だからこそ私が警備責任者として来たのだ」


 ヤーク子爵は嫌がる素振りがなくそれどころから自ら進んでこの役を買って出たらしい。


 おや? 意外だなぁ。ヤーク子爵は堅物な人。近衛騎士としての誇りから、不貞腐れていてもおかしくない任務だと思っていたのだけど……。


 リューはヤーク子爵の反応に内心驚く。


「そんな事よりも、主催者であるランドマーク家側から出す警備の人員は与力であるミナトミュラー家からと聞いたが、大丈夫かな?」


 ヤーク子爵は警備配置が記された会場地図を広げて確認しながら聞く。


「うちの人員はその辺の兵隊とは実力が違うので大丈夫ですよ。それよりも責任者のレンドから聞きましたが、秘密の飛び入り参加者が近衛騎士団から五名ほどいるそうですが?」


 リューは前日になって大会の総責任者であるレンドから受けた、突然の奇襲のような事後報告について確認を取る事にした。


「あ、ああ。上級貴族だからな、名を伏せて参加させてもらう事になった。突然ですまない」


 珍しくヤーク子爵が謝罪する。


 どちらかというと、こんな権力を用いてねじ込むような参加の仕方にヤーク子爵が憤りそうなものなのだが、それどころかその事を受け入れて謝るのだから不思議だ。


 ヤーク子爵も丸くなったなぁ。


 リューは最初出会った頃とは全く違う反応に親のような心境で微笑ましく感じる。


「それで、その上級貴族のみなさんはどういった方々ですか?」


「それは言えない! 名を伏せているのは、負けた時の名誉を守る為でもあるからな。名を明かしてしまったら、私が責められる」


 この辺りは生真面目なヤーク子爵だ。


 素性がバレないようにするのも仕事の内なのだろう。


 とても頑なな姿勢を見せた。


「……わかりました。──レンド、君は知っているの?」


 リューはヤーク子爵からは聞きだせないとわかってレンドに突然話を振る。


「お、俺は知らないですよ!? とにかくそういった事情有りの参加者は近衛騎士団に任せてますから、リュー坊ちゃんもあんまり知ろうとしないでください」


 レンドの動揺ぶりを見る限り参加者の名前を知っているようだ。


 まあ、総責任者の立場だから把握していて当然なのだが、リューにも話せない上級貴族となると限られてくるだろう。


 まさか近衛騎士団団長とか副団長クラスかな?


 リューはヤーク子爵が警備責任者を務める相手となるとそのくらい地位のある貴族かもしれないと想像する。


「坊ちゃん、余計な想像しなくていいですから。明日から五連休を利用しての大会になるんですよ。成功する事に集中してください!」


 レンドはリューが考え込んだから不味いと思ったのか、話を変えるのに必死だ。


「怪しいなぁ……。でも、わかったよ。うちはランドマーク家の下請けとして露店から警備まで任せられているからね。大会が失敗したら大問題だし、余計な詮索はしないよ」


 リューはそう応じながら、ヤーク子爵のみならず、各部門の責任者達と最終確認について改めて話し合うのであった。



「──という事で、露店部門は飲食関連から娯楽まで含めて、過去最大の三十店舗出させてもらいますのでよろしくお願いします」


 リューは部門の各責任者と一緒に説明を終えた。


「……ミナトミュラー男爵。飲食の中に聞き慣れぬものがいくつかあるのだが、大丈夫か? 大会参加者はその中から食事を取る事になるのだろう?」


 ヤーク子爵が言いたいのは、秘密の参加者が口にして良いものなのかが気になったのだろう。


「確かに、今回の露店で出す飲食は庶民向けのものが中心になっていますが、品質は保証しますよ。もちろん、味も。特に今は庶民の間で人気で行列必至のラーメンが一押しなので、秘密の参加者の方にそちらを勧めて頂けると助かります」


 リューは何食わぬ顔で、現在、アイロマン商会と争っているラーメンを勧めた。


 秘密の参加者がどんな人物かわからないが、ラーメンを気に入って貴族の間で美味しいと吹聴してくれるとアイロマン侯爵にも打撃を与えられると計算してのことである。


「……ふむ。何を食べるのかは、本人の判断だから何とも言えないが、聞かれる事があったら勧めておこう」


 リューの魂胆など想像できず、ヤーク子爵は頷くのであった。


 ふふふっ。これで貴族の間にも庶民の味ラーメンが浸透したら、アイロマン商会との抗争にも一歩有利に運ぶよ。


 リューは内心笑みを浮かべると、大規模になるショウギ大会当日に臨むのであった。

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