第488話 一年生達ですが何か?

 王立学園一年生校舎──。


 学年で一番優秀な生徒が集まる教室を生徒達は敬意をもって勇者クラスと呼んでいる。


 その中でも優秀な生徒が、その由来である勇者エクス・カリバール男爵だ。


 文字通り、勇者のスキル持ちである事が学園受験で発覚し、王家より男爵位を得た存在である。


 それに、成績優秀であり、二年生の成績優秀者リュー・ミナトミュラー男爵以上に国が期待する人物だ。


 そんな勇者エクスには、以前、サムスギン辺境伯の嫡男であるルークが親友として常に傍に居たが、二年生であるリューへの度重なる無礼な問題行動によって一か月の停学になりその姿はない。


 他にも北部の有力貴族エミリー・オチメラルダ公爵令嬢や獅子族のレオーナ・ライハート伯爵令嬢などの名門貴族の友人達がいつも行動を共にしていたが、最近ではその二人も勇者エクスと行動を共にする事が減っているようであった。


 勇者エクスにしても、自分の傍に人を近づけなくなっていたから、周囲の者も話しかけるのも恐れ多いという雰囲気だ。


 だからと言って、勇者エクスの人気が落ちているわけでない。


 王都において勇者人気は絶大であったから、勇者エクスの姿を見たがる他所の女学生が校門前で待機している事もしばしばである。


 だが、当人である勇者エクスはその人気には以前より浮かれる事無く、ひたすら勉強に励んでいた。


 その姿がまた、他の生徒達の人気に火を付ける事になるのだが、当人はそれまで人気を気にしていた素振りがあったのに、今では煩わしそうである。


「ふぅ……」


 勇者エクスは自分の席で一息つくと、昼食に立ち上がる。


 そこに最近疎遠になりつつあるエミリー・オチメラルダ嬢とレオーナ・ライハート嬢がやってきた。


 エミリー・オチメラルダ嬢は二年生とのボウリング勝負で、王女チームに引き抜かれる事態に一時はなったし、レオーナ・ライハート嬢は同じく二年生のエルフとの剣による勝負で敗退してからは、そのエルフを慕っているようだから、勇者エクスの元にいる事が少なくなっている。


 その二人が、数日ぶりに昼食に誘ってきた。


「──わかった。……では食堂に行こうか」


 勇者エクスが一年生の食堂に向かおうすると、エミリー嬢が、


「今日は二年生の食堂に行きましょう」


 と誘った。


「二年生の食堂に?」


 勇者エクスはこの誘いに意図が分からず、聞き返す。


 彼にとっては二年生の食堂にはあまりいい思い出がない。


 それまでの自分の行動を恥じるものばかりだからだ。


「実は、二年生の先輩達に招待されているの。一緒にどうかな?」


 エミリー嬢が本当の目的を口にする。


 エミリー嬢とレオーナ嬢はそれまでルーク・サムスギンの意思でとはいえ、敵対していたはずの二年生、リュー・ミナトミュラー男爵に、最近ではかなり接近していたから勇者エクスに対して少し、罪悪感があった。


 そこに、食事のお誘いがあり、「エクス君も誘ったら?」とリューからの言葉もあり、今回に至ったのだ。


「……自分が行っても良いのか?」


 勇者エクスは親友であるルークを信用し過ぎていた為とはいえ、リューをはじめ、王女リズやその周囲にもかなり不快な思いをさせていた事を今では十分自覚している。


 それだけに自分まで行くと場を乱す可能性を考え遠慮がちであった。


「ミナトミュラー男爵から、あなたを誘ってみてと言われたの。あの人は私達の過去の行いについて全く気にしていないわ」


 エミリー嬢は二年生校舎に向かう廊下を先頭で進みながら、勇者エクスがすでに許されている事を告げる。


 獅子人族のレオーナ嬢もその言葉に頷く。


「……そうか。気にしているのは自分だけなのか……」


 勇者エクスはリューとのその差に唇を噛みしめる。


 勇者エクスは王女リズから自分の悪い部分を痛烈に批判され、リューとの器の差も見せつけられていたから、初めて嫉妬したし、痛感させられていた。


 だから最近はその差を埋めようとこれまで以上に努力を重ねていたのだが、やはり、まだ、自分の中でわだかまりが解消されていなかったようだ。


「それで、自分は何をしたらいいのかな?」


 勇者エクスはエミリー嬢に確認する。


 二年生に改めて謝罪をするべきなのかという意味での確認だ。


「? 何を言っているの。ただの食事よ。王女殿下達との食事で急に謝罪しないでね? 私とレオーナ嬢はたまに一緒させてもらっていて、あなたの話題が上がったの。それでミナトミュラー男爵があなたと話してみたいというから誘ったの。これまでも、あなたと彼、まともに話した事ないでしょ?」


 エミリー嬢は一年生だが、年齢で言うと成人の十六歳であり、三歳下の勇者エクスは弟のようなものだから、遠慮のなくなった今、はっきりとした物言いで告げた。


「でも、何を話せば……」


「何でもいいのよ。私達も普段は学園生活から、自領の事まで他愛もない話ばかりしているわ。レオーナ嬢は剣とリーン嬢の話ばかりだけど」


 エミリー嬢は一歳年下のレオーナ嬢とも個人的に打ち解けてきたのか、歯に衣着せぬ物言いでレオーナ嬢を話題にした。


「私は剣とお姉様の話だけでなくスイーツの話も最近はしている……」


 レオーナ嬢がエミリー嬢の限定発言に不服とばかりに応じる。


「それもリーン嬢が好きだからでしょ」


 エミリー嬢はすぐに言い返し、レオーナ嬢は「うっ……」と言葉に詰まる。


 図星のようだ。


「……そうか。自分は何を話して良いかわからないけど……、ご一緒させてもらうよ」


 勇者エクスは腹を括り、エミリー嬢の後について二年生の食堂二階の一室に入っていく。


「お? みんな来たね! ──エクス君、こんにちは。改めまして、リュー・ミナトミュラーです。誘いに応じてくれてありがとうね」


 そこには、これまでの事など何もなかったように出迎えてくれる、リューとその仲間達の姿があった。


 勇者エクスはその一同の歓迎ムードに眩しいものを感じながら、おずおずとその中に入っていくのであった。

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