第487話 開店当日ですが何か?
リューにとってラーメン店は、王都の新たなファーストフードの一つとして食い込ませるつもりでいる。
そして、庶民の食べ物として認めてもらい、数を出すのが狙いだ。
だから価格設定も一等地に出す割には多少低めにしていたし、王都の住民に浸透させるのが最大の目標である。
そうする事で、飲食業界のドン、アイロマン商会に手を出しづらくさせる事も出来るし、ダメージを与える事も出来るはずだ。
そして、リューとマイスタの街の一流料理人達との血と汗の結晶であるラーメン店の開店当日の朝。
アイロマン侯爵は、王都内に十店舗も同時開店しようとしているミナトミュラー商会に警戒感は最高潮に達していた。
「まだ、あちらが出す料理についてわかっていないのか?」
アイロマン侯爵は部下にリューのお店の情報を確認する。
「申し訳ありません! やつら、徹底して情報統制をしているのか、全く、料理名以外は、表に出て来ません。従業員の買収も試みていますが、ことごとく失敗しています。中には調査中に失踪した者まで出る始末です」
「失踪だと!? 裏切り者が出たという事か?」
「わかりません。買収用の金を持ったまま失踪したので、逃げたのかもしれないです……」
部下は原因が分からず困惑して答えた。
それはそうだろう、ただの情報収集で誰が失踪しようと思うだろうか?
だが、これはただ単に、買収しようとした相手が悪かったのだ。
ラーメン店の開店準備に協力する為、店内に出入りしていた竜星組の組員を関係者と思い、お金をチラつかせて買収を試みたのがいけなかった。
リューを裏切る気など到底あるわけがない組員は、この不届き者にブチ切れるとその者を捕らえ、近くの竜星組関係事務所に連行、地下室に閉じ込めてどこの人間か優しく聞きだすと、アイロマン商会の手下とすぐわかり、家族の顔をまた拝みたいなら、アイロマン商会から足を洗い、王都から消えるように説得されたから、失踪したように思われたのだ。
そんな事を全く知らないアイロマン侯爵とその部下は、次々と失踪する部下達の行方について首を傾げるしかない。
「ええい! その件はもういい! ──それで、仕込みはどうなっている? 見張っていればそのくらいはわかるはずだろう?」
「それが、十店舗全て開店直前にどこからか運び込んでいて全くわかりません……」
「他所で仕込みをして運び込んでいるのか!? ……考えたな。──それでその運び込んできた者がどこに戻るかあとは付けさせているんだろうな?」
「それはもちろんです。──それでどうしましょうか? このままだともうすぐ、そのラーメン店の開店時間ですので、いつもの開店に合わせて周囲に同じようなお店を出して潰しに掛かる戦法が間に合いそうにありません。あとはうちの料理人達を客として送り込み、分析するしかないですが?」
「……それで構わん。大抵の素材や調味料は事前にあらかた用意してある。料理人達の分析も一時間もあればできるはず。昼にはラーメン店の周囲に用意しておいた店舗を開け。価格はそのラーメン店の半値にして半月で潰すぞ!」
アイロマン侯爵はここまでリューの作戦にかなり振り回されていたから、相当お怒りモードであった。
だから、大赤字覚悟でリューのラーメン屋を潰そうと息巻くのであった。
そして、開店時間。
ラーメン店の表には直前になって出されたのぼりが等間隔ではためき、通行人の視線を釘づけにしていた。
「なんだあれ?」
「みそラーメン? 初めて聞く名前だな……」
「いい香りはするが……」
通行人達は、初めて聞くみそラーメンという名称に首を傾げる。
そして、ラーメン店の前には少なからず行列が出来ていたから、興味を惹かれる者は意外に多かった。
ちなみに行列はリューが用意した仕込みが三割、アイロマン侯爵のところの料理人達が二割、残り五割が本物のお客である。
リューは店内に人がいないと入りづらいという心理を読んでサクラ役として各店舗に仕込みを用意したのだが、その周辺に競合店を開くつもりのアイロマン商会の料理人達がその役割を担うという皮肉な結果になっていた。
そして、開店時間になると、一斉に各店舗の従業員による「いらっしゃいませー!」という声と共にお客は店内の席に散っていく。
サクラ役のお客達が、
「みそラーメンと炒飯、あとは餃子で!」
「俺はみそラーメンと炒飯とから揚げ」
「私も同じの!」
という感じで注文の声が早速上がると、料理人達は、みそラーメンのみを注文する。
メインの料理さえ分析できれば、あとはどうとでもなるという事だろう。
本当のお客は、初めてのラーメンだからどんなものが出て来るかわからないドキドキ感からとりあえず、みそラーメンのみを注文する者が多い。
厨房では、注文を復唱すると声と共に、料理人達が一斉に麺の湯切りを始めた。
お客達はその光景を不思議な面持ちで見学していると、あっという間にその未知の食べ物、「みそラーメン」が出て来る。
サクラ役のお客は、食べ方の見本とばかりに、机の上に置いてある「ハシ」を取り出して早速、食べ始める者もいれば、同じく置いてあるフォークで撒いて食べる者もいる。
分析目的の料理人集団は、湯切りという不思議な光景を目の当たりにした後の数分で出て来る初めての「みそラーメン」に驚くしかなかった。
「出てくる時間が早すぎるぞ!?」
「何だこの食べ物は……。スープにパスタが入っている食べ物が、みそラーメンなのか?」
「問題は味だ。奇抜なアイディアだけで舌の肥えた王都のお客を納得させる事など……、──う、うまい!?」
料理人達は短い時間で出されたみそラーメンに懐疑的だったが、食べてみるとその完成度に驚き、困惑する。
分析をする為に、一口一口ゆっくり味わうところなのだが、思わず勢いに任せてフォークで麺を口に運び、添えられた蓮華でスープを啜る。
他のお客からは、
「うまい!」
「これがみそラーメン!? 凄く美味しい!」
「このラーメンのスープと炒飯が合う!」
など絶賛する声が沸き起こり、潜入していた料理人達はそれらを耳にした事で正気に戻るのだが、その時にはラーメンを食い終わっていた。
「……こんな複雑な味を一時間で分析してうちの店頭でこの後、お昼から出すのは不可能だ……」
「昼からどころか、数日で出すのも無理だ。どうやったらこの味になるのか想像がつかない……」
「作る工程もどんな意味があるのかわからないし、似たものを作るのでさえこれは相当難しいぞ……」
潜入していたアイロマン商会の一流料理人達はお手上げとばかりに深刻な表情を浮かべたまま、お店を後にしていくのであった。
「ふふふ。難しい顔して帰っていってたの、絶対、アイロマン商会の間者だよね?」
リューは一部のお客が思いつめた表情でラーメン店から出て行くのを見て、そう断言した。
実際、近くの開いていない店舗にその人々は消えていく。
「……みたいだけど、真似されないわよね?」
「相手も一流料理人だからいつかはそんな日がくるかもしれない。でも、すぐには無理だろうね。知識がある僕達でもこの味に辿り着くのに何か月もかかったんだもの。知識のない彼らには数年がかりでも難しいよ」
リューはリーンの心配を払しょくするように断言すると、店頭で出される試食に驚く通行人達を眺めて満足するのであった。
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