第486話 開店前ですが何か?
リューが考えたラーメンは前世で言うところの味噌ラーメンである。
当初は豚骨ラーメンで勝負しようとしていたが、匂いが独特である事からこちらの世界の人々に臭いで敬遠されても困るので、それをベースにして、よりマイルドで真似がしづらいであろうもの。
さらにはこちらの世界では未知である味噌を作ってラーメンのスープを作成させた。
チャーシューの素材はランドマーク本家の魔境の森で高品質なオークは狩れたから、かなりの量を直送している。
メンマも原材料であるたけのこが魔境の森で入手可能であり、野菜などの具材は王都でも手に入るもので問題はない。
味噌はミナトミュラー商会の酒造部門から闇魔法が得意な職人を何人か回して、ラーメン用に製造してもらっている。
各ラーメン店にはそれをマイスタの街の製造工場から直送しており、市場には全く出回っていないから、この料理を真似しようと思っても不可能だ。
麺は元々パスタやうどんなどの製造工場を各地に持っており、さほど困らなかった。
もちろんラーメンの麺はパスタやうどんとはまた違うが、リューの指示でそれもなんなく作ってしまうのが、これまで積み重ねた経験を持つ職人達であったから、何の問題もない。
お陰でリューが前世で食べていたラーメンと遜色ないものが、出来上がったと思っている。
それもこれもあらゆる一流料理人が集まっているマイスタの街様様であろう。
それらの料理人がみな、領主であり、組長であるリューに協力的であったから、短期間で力を合わせて作り上げる事が出来ている。
そういう意味では王都とその近郊で最大勢力である飲食業界のドン、アイロマン侯爵の商会に対抗できる唯一の勢力がリューの治めるマイスタの街なのかもしれない。
もちろんそれらをまとめているリューの手腕があってこそできた事ではあった。
さらに、リューの前世の知識が最大の武器でもあり、それらを形に出来るマイスタの街の一流料理人の実力も当然ある。
つまり全ての集大成が一杯の味噌ラーメンに込められているのだ。
王都内に散らばるリューが手掛けるラーメン店十店舗は、数日後の開店に向けて着々と準備が進められていた。
「リュー、マイスタの染め物職人に発注していたものが届いているわよ」
王都のメイン通りの店舗の進捗を確認しに来ていたリューが店内を見ていると、リーンが表から声を掛けて来た。
「間に合ったね。じゃあ、店内に入れておいて」
リューが運送部門の部下達に運び込むように指示をする。
その部下によって運び込まれたものを、スードが首を傾げて眺めていた。
「主、これなんですか?」
「ああ、それは『のぼり』だよ」
「のぼり……、ですか?」
スードが不思議そうに箱からのぼり用のものを取り出すと広げて見せた。
のぼりの生地には『味噌ラーメン』とか『至高の逸品』といううたい文句や、他に価格なども記載してあった。
「当日は店頭にこれらののぼりを立てて、お客さんの気を引くのさ。看板も作ったし、見た目は大丈夫だね」
リューはスードの広げたのぼりを一つ一つ確認して頷く。
「この味噌ラーメン、美味しいんだからこんなことしなくてもいいんじゃない?」
リーンも不思議そうにのぼりを眺める。
「僕達の味噌ラーメンの強みは、誰もが食べた事がない物珍しさと他に真似できない味なわけだけど、それは逆に保守的な層にしてみたら、食べた事がないから警戒する食べ物でもあるんだよ。これは、そんな人々の気を引いてとりあえず店内に入ってもらう為に必要なものなんだ」
リューはさらに続ける。
「そして、当日はお店の前で足を止めたお客さん用に試食を出す予定だよ。この美味しさを知ってもらえれば、店内に入り易くなるだろうからね。そうなれば、あとはこちらのものだよ」
リューはニヤリと笑う。
「確かにそうね。私達エルフも、知らないものへの警戒心が強くて、中々新しいものは受け入れない保守的な種族だから、最初は警戒して店内には入らないかも」
リーンが妙に納得して頷く。
そのエルフの中でもリーンは好奇心が強く新しいものに対して警戒心がない珍しいタイプのエルフである事は、長い事一緒にいてよく理解している事ではある。
「試食? 食べるだけ食べてお店に入らない人もいそうですよね?」
試食という習慣がないこの世界に暮らすスードは不思議に思った。
ただで食べてもらう意図がよくわかっていないのだ。
「味を知ってもらって、この味噌ラーメンを沢山食べてみたいと思ってもらえれば成功。そうでなくても、味を知る事で気にはなるだろう? その時、お店に来てくれなくても後日、来てくれると思って先行投資するのさ」
リューはスードにわかりやすく説明する。
「先行投資……。なるほど……、さすが主です!」
「それに、味噌ラーメン以外にも今回、エールとそれに合うメニューの炒飯や餃子、から揚げなども用意しているからね。これらもお客さんは食べたらびっくりすると思うよ」
相手は王都の大商会であるアイロマン商会だから、リューはその辺も抜かりがないのであった。
「ですが、そんなに最初から色々なメニューを用意したら開店当日が大変なのでは? 主も言ってましたよね。開店当初からメニューが多すぎると店が回らなくなる場合があると」
スードは日頃からリューの言う事を一言一句聞き逃すまいと聞き耳を立てていて、過去に言っていた事を思い出して指摘した。
「ふふふ、よく覚えていたね、スード君。君はまだ、このラーメン店成功の為の戦略を知らない。──じゃあ、付いて来て」
リューはそう言うと馬車に乗り込む。
リーンも後に続き、スードは首を傾げて乗り込むのであった。
馬車が向かった先は、王都郊外にある真新しい倉庫のような建物であった。
リューの部下達がその周囲を見張っている。
「ここは一体?」
スードが厳戒態勢の建物にさらに疑問符が頭に浮かぶ。
「ここが今回のラーメン店の核になる仕込み部屋さ!」
「仕込み部屋?」
「そう、今回、ラーメン店を十店舗も開店させるとなると、問題となるのが味の均一化なんだ。各店舗に任せて仕込みをさせると、味にムラが出てしまう。だから、味噌ラーメンのスープ、チャーシューなどから、炒飯、餃子、から揚げ等の材料の仕込みは全てここでやって、それを各店舗に運び込む事にしたんだよ。そうすれば、店舗では簡単な調理だけで済むからね」
リューは前世のラーメン特集で見たチェーン店のやり方をこの異世界に持ち込んだのだ。
こうして、最初から十店舗ものラーメン店を開店させるという無謀とも思える作戦は、リューの前世の知識によって、より確実な成功に繋がろうとしているのであった。
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