第485話 潰そうとしてますが何か?

 リューは王都中に十店舗もの飲食店を同時に始めるのだから、その為の申請をしている。


 そうなれば、当然目立つから、王都近郊における飲食業界のドンであるアイロマン侯爵の耳にも誰となくその事を伝える者がいた。


「ランドマーク伯爵家の与力貴族が、王都内に飲食店を複数も開店予定だと? 私のところに何の挨拶もなくか?」


 アイロマン侯爵は、自分の商会本部に顔を出した際に、その報告を受けた。


「はい。ランドマーク伯爵家は勢いに乗っている成り上がり貴族です。近頃ではスイーツ専門店なるお店を数店舗貴族地区に出して熱烈な支持を得ています」


「そんな事くらい知っておるわ!──あれを真似するように料理人達に命じていたが、王家や貴族の支持が多いから、似た店舗を出すのは断念したばかりだ。……しかし、その与力貴族なら話は別。いつも通り、その開店予定の店舗周辺に似たような店を建てよ。それで、その与力貴族とやらは、何店舗この王都に開店させる気だ?二店舗か、三店舗か?」


「それが……、十店舗だそうです……」


「じゅ、十店舗だと!?」


 アイロマン侯爵は伯爵の与力貴族と聞いて大した規模を想像していなかったから、その数に驚いた。


「はい。いつの間にか王都中の良い土地を押さえて話を進めていたみたいです」


「与力貴族の分際で十店舗も用意するとは、……勝負に出たわけか。だが、私が元気な内はこの王都で好き勝手はやらせんぞ。──それで、その与力貴族は何の料理で十店舗も開店させる気だ? 大方庶民向けの料理だとは思うが」


 アイロマン侯爵は数で勝負するからには回転率の良い庶民向け料理だろうという予測はすぐついていた。


 そして庶民向けという事は、シンプルな料理であり、真似するのも容易だから、その気になれば潰すのは経験上簡単だという事も計算できる。


「それが、よくわからないのです。何でも『ラウメン』?とかなんとか……」


「『ラウメン』? なんだそれは?」


 厳密には「ラーメン」だが、アイロマン侯爵は、仮にも王都近郊飲食業界のドンだから、古今東西の料理にはとても詳しい。


 しかし、その名前は全く聞いた事がなかった。


「うちの料理人達にも聞いてみましたが、聞いた事がないとか……。現在、探りを入れていますが、まだ詳しい事は全く……」


 部下は情報の入手が全く進んでいない事を認めた。


「とっとと、調べよ! 十店舗も同時に開店するのなら、シンプルな作りに違いないのだからな。あとはいつでも潰せるように開店予定の店舗の周辺物件を押えて置け。その後のやり方はいつも通りだ!」


 アイロマン侯爵は部下にそう命令すると続ける。


「うちに挨拶もなく十店舗も開店など許されない事だ。この業界のしきたりをきっちり叩き込んでやるわ!わははっ!」


 アイロマン侯爵は、最近急成長しているランドマーク商会については、注目していたし、それと同時にかなり警戒していた。


 喫茶「ランドマーク」の食べ物はお忍びで訪問していくつか食べてみたが、かなり衝撃を受けていたからだ。


 あんな美味しいものを武器にうちの業界に本格参入されたら、自分のところのダメージが大きいと思っていた。


 メニューというのは商業ギルドに登録する事で、真似する事を禁止させる事が出来るが、登録してあるものより、良いものを作ってしまえば、問題ない。


 これまでは、そうやって画期的な料理が登場しても、この世界で長い自分の商会が沢山抱え込んでいる一流の料理人達にそれよりもっと良いものを作らせて、オリジナルを越えていく事でライバルを悉く潰してきた経験がある。


 しかし、喫茶「ランドマーク」のメニューはそれらを許さない完成されたものが多い。


 だからこそ、アイロマン侯爵はとても警戒していたのだが、その与力なら圧倒的な力で叩き潰し、寄り親のランドマーク家がこの世界に進出する気を失わせようと企むのであった。


 その数日後。


 アイロマン侯爵は、部下からその後の報告を王都自宅の執務室で受けていた。


「何? 情報が一切得られないだと?」


「申し訳ありません……。あいつら、開店前の練習と思われる仕込みで出るはずのゴミも、自分達で処分していてこちらにヒントさえ与えさせません。店から立ち上る香りで辛うじてオーク肉を使用しているだろうという事しか……」


「お前達にいくら払っていると思っているのだ! ええい、仕方ない……。それではできるだけ高級なオーク肉を用意しておけ。どうせソースか何かを付けて焼く、煮る、茹でるくらいのものだろう。それなら、高いものを用意しておけばどうとでもなる!」


 アイロマン侯爵の支持の下、リューのラーメン店が開店するのを虎視眈々と待ち、専属の料理人達を送り込んで数時間で分析させ、翌日には同じ以上の料理を出すべく準備をさせるのであったが、その狙いは当然ながら当日、潰える事になる。


 それを想像できないアイロマン侯爵はリューの店舗を潰す為に、あの手この手を用意して多額の資金を投入するのであった。



「──という感じで、あっちはうちのゴミまで狙っているみたいだぜ?」


 放課後に商会に顔を出したリューにノストラが報告をした。


「プロはゴミからも想像できるらしいからね。思った通りだよ。引き続き、ごみの処分は徹底して魔法でお願い。あと、ランスキーからも報告上がってきているけど、うちの開店予定のお店の周辺の空き物件があっという間に埋まったらしい。うちを潰す気満々だよ」


 リューは、アイロマン侯爵が背後で確実に動いている事を伝える。


「そいつはいい。うちには同じ手が通用しない事を知らしめる事になるな」


 ノストラは主君であるリューに笑って応じた。


「うん。その準備した全てが無駄になる事も知らずにね。ふふふっ。──うちのラーメンはパクるのが不可能な事をあちらの自尊心に叩き込むよ!」


「「「おお!」」」


 リューが気合を入れるとノストラをはじめとしたその場にいた従業員達も拳を振り上げ、気合を入れるのであった。

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