第469話 心境の変化ですが何か?
リューは現在勇者エクス・カリバール男爵については、リーンを通して獅子族のライハート伯爵家のレオーナ嬢と、部下のアントニオに任せているダミスター商会を通して援助しているオチメラルダ公爵家のエミリー嬢から情報を流してもらっている。
その二人から同じ情報が流れてきた。
それは、最近の勇者エクス・カリバール男爵は、一人で行動する事が増え、あまり周りに人を近づけなくなってきたというものであった。
エミリー嬢とレオーナ嬢にはまだ、声を掛けられると応じるが、人気にあやかろうと近づいて来る他の者達には見向きもしないのだという。
それに人前で努力をする姿を見せない人物だったが、最近はそれも気にする事無く、がむしゃらに剣を振るったり、勉学に励んでいるのだとか。
その為、一年生の間では親近感のある人気者から、触れ難い孤高の人気者に変化しているようだ。
最近あった中間テストの結果も一番の成績であったから、努力を怠っていないのはそれでわかる。
エミリー嬢達の話では、リズから手厳しい叱責を受けてから、かなり意識が変わったようだ。
「……あれは確かに厳しい言葉だったものね……」
報告書を読むとリューはその時の場面を思い出して苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「リューが表の立場で言える言葉ではなかったわね」
リーンもエリザベス第三王女、愛称リズの厳しい叱責を思い出して同意する。
「貴族社会の常識としては、王家の手前、貴族同士で波風立てるのはよくないからね。裏社会ならあの場面、面子や自尊心もあるから堂々と啖呵を切るところだけど、リズがいてくれて良かったよ」
リューは表と裏の顔がある以上、使い分けをしないといけない立場だ。
寄り親であるランドマーク家の与力貴族としての顔。
そして、裏社会、『竜星組』の組長としての顔である。
貴族同士、影での中傷合戦はよくある事で、それに目くじらを立てて衝突していては王家から睨まれるのが関の山だ。
貴族には「ノブレス・オブリージュ(貴族が義務を負う)」という言葉がある。
それは、財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指し、リューはその責任の元、本家や領民の為に尽くすのが最大の義務であり、それが一番守るべきものと考えていた。
だから、勇者エクス一行、いや、ルーク・サムスギン個人の挑発程度の事は貴族のリューにとっては意に介さない、どうでもいい事であった。
これがもし、相手が裏社会の者なら、裏の顔である『竜星組』組長として対応し、面子を掛けて、徹底的に潰すところだろう。
その辺りはリューも一人の人間として使い分けが難しいところであったから、勇者エクスとは出来るだけ穏便に済ませようとしていた。
だから、リズが間に入ってくれたのはとてもありがたい事であったのだ。
「それで、勇者とはどうするの?」
リーンが今後の対応について聞く。
「王家は勇者エクスと僕が国の未来を担う双璧になって欲しいらしいんだよね……。だから今後も仲良くできるようにこちらは努力するよ。でも、あちらが王家やランドマーク本家の意に反するような事をしたら、その時はその時かな」
「……わかったわ。リューが普段表で言えない事は今後も私が代弁するね!」
リーンは気合を入れるように握り拳を作って意気込む。
「僕の従者のリーンが言ったら、それはもう、僕の言葉と同じだから! なるべくは我慢して!」
リューはリーンの言葉にツッコミを入れると、落ち着かせるのであった。
その勇者エクスは、一定の変化を見せていた。
これまで親友であるルーク・サムスギンの言う事を信じて行動していたが、そのルークは長い停学処分で自宅に軟禁状態になっており、エクスも会う事が出来なくなっていた。
サムスギン辺境伯直々に鉄拳制裁と共に、そう警告されたのだ。
そして、これからどうするべきかと迷いが生じたところに、エリザベス王女の厳しい叱責である。
勇者エクスはルークの進言の元、そのエリザベス王女の為に動いているつもりであったから、衝撃的だったし、ショックは大きかった。
とても打ちひしがれ、王女を惑わす悪だと思っていた(言い聞かされていた)ミナトミュラー男爵が、実は王家の信頼が厚い人物だと知り、これまでの自分の行動が全て否定された出来事であった。
これまでエクスは平民時代から努力を続け、その才能を伸ばしてきた半面、その溢れるような才能から、他人を嫉妬するという経験がなかった。
同年代に負けるという経験がそもそもない為、嫉妬のしようが無かったのだ。
それが、ミナトミュラー男爵に器の大きさで負けたと感じた時、初めて嫉妬を感じた。
その気持ちは日々を重ねると大きくなり、居ても立っても居られない気持ちになる。
だから、これまで以上に努力をしないと安心できない自分がいた。
全てはミナトミュラー男爵に勝つ為に!
勇者エクスはそう考えると、これまでの人間関係も信じられなくなりつつあった。
なにしろ一番の親友であったルークの言う事が、間違いだったからだ。
もちろん、王都で人気を得る為にルークは尽力してくれたと思う。
しかし、王女に対する進言は悉く偽りであったから、何を信じて良いのか分からなくなった。
だから、残ったエミリー嬢やレオーナ嬢の言う事もどこまで信じて良いのかわからないし、自分の人気にあやかろうと近づいて来る者達も信用が置けない。
エクスは全てに疑心暗鬼になりながら、ミナトミュラー男爵より優れる事を目指して学問に励むしかないのであった。
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