第467話 同類の会談ですが何か?(3)

 リューは『蒼亀組』組長でもあるコーエン男爵にその正体をすんなりと明かした。


 それは相手が同じ裏組織のボスの立場であり、対等な同盟を結ぶ上で必要な事だと判断したからだ。


 それにこのコーエン男爵は自分と立場がよく似ていると感じた理由もある。


 聞けばコーエン男爵は寄り親であるサクソン侯爵の元で表と裏の両面で活躍した直臣で、汚れ仕事は特にコーエン男爵が引き受ける事もあり、その信頼は厚い。


 そして、東部地方に転封されてきた折、サクソン侯爵からこの東部地方の裏社会で二大勢力であった『赤竜会』と『黒虎一家』に割って入るように『蒼亀組』の設立を提案され、引き受けた経緯があったそうだから、リューは一から作ったコーエン男爵に感心したのであった。



 コーエン男爵にとって、影からサクソン侯爵家を支える為の『蒼亀組』である。


 コーエン男爵は裏社会について多少詳しいとはいえ、知らない事も多かった。


 そこで参考にしたのが、王都裏社会で有名であった『闇組織』である。


 コーエン男爵はそれを基にサクソン侯爵の足元を盤石にするべく動き続け、その成果が評価され、男爵にまで昇ったのだ。


 コーエン男爵はその参考にしていた『闇組織』が消滅した事に驚き、そのきっかけを作った『竜星組』に今度は注目した。


 調べれば調べる程、コーエン男爵が驚かされるような組織が『竜星組』であった。


 まず、ボスの存在は前身の『闇組織』同様、不明。


 それでいて評判がすこぶるよい。


 裏社会において、評判が良いとはイコール、悪名の事であったが、この『竜星組』の場合、その裏での悪名も表での評判もどちらも良いという驚くべきものであった。


 コーエン男爵にとって、爵位を得た貴族としては、表と裏、どちらでもうまい立ち回りが求められる。


 貴族の時は慈悲深く寛容に振舞い、組長としては舐められないように冷酷で面子を重んじる振る舞いが求められるから、それら両方を演じる事が大変だった。


 しかし、『竜星組』の評判は一見矛盾するようなその評判の両方を兼ね備えていたから、コーエン男爵はすぐに参考にしたのだ。


 そして、知れば知る程、『竜星組』の在り方はコーエン男爵の目指す理想になっていたから、そのボスとはどんな人物だろうかと、尊敬の念を持って関心を抱いていた。


 それが目の前の少年男爵なのだという。


 このミナトミュラー男爵が噂に聞く通りなら、王都においてかなりの有名人だ。


 王都の酒造ギルドの第一人者として、酒造商会を取り仕切り、土建業や飲食業、金貸し業に興行など手広く商っている。


 それでいて寄り親であり、実の親でもあるランドマーク伯爵家を蔑ろにする事なく献身的で、まだ少年とは思えない振る舞いに他の貴族からの評判も良いと聞いている。


 そんな好少年男爵が、あの『竜星組』の組長!? という驚きはコーエン男爵のような表と裏の経験豊富な三十五歳でも理解が追いつかない。


 献身的で好少年と評判の男爵が、王都の裏社会の連中を震え上がらせ、それらを牛耳る『竜星組』のボスでもあるはずがないと思わせるのが当然だからだ。


 だが、実際、この少年は『竜星組』組長を名乗り、自分の組と同盟を結んでくれるという。


 もちろんそれが事実なら願ってもない事だが、本当だろうか?


 だが、ここまでの振る舞いを見る限り、ただの少年でない事はわかっていた。


 それは自分の経験と眼力を信じるところである。


「……それでは本当に、ミナトミュラー男爵が『竜星組』組長なんですね?」


 コーエン男爵は失礼とはわかっていながら確認せずにはいられない。


「リューがそう言っているんだから、ちょっとは信じなさいよ」


 リューの代わりにリーンが答える。


「こら、リーン。相手は『蒼亀組』の組長であり、男爵なのだから失礼だよ。僕と同じ対等な立場なのだから礼を尽くさないと」


 リューはリーンを諭してみせる。


 それは逆にコーエン男爵に対しても、嘘偽りなく対等な立場で話していますよ、という証であった。


「……わ、わかった。まさか理想のボス像を具現化していた『竜星組』組長がこんなに若いとは思っていなかったから、理解が追いつかずすまない……。そして、そのミナトミュラー男爵が提供してくれた『黒虎一家』裏切りの可能性についても信じよう。こちらとしてもその可能性は考えてなくてはいけないところだ。……ちなみにそちらには何か策がおありかな?」


 コーエン男爵は『蒼亀組』組長としてリューと対等な立場として、話を進め始めた。


「まだ、相手の動きは見えて来ませんが、裏切るなら絶好の機会を作ってそのタイミングで裏切るのが効果的と考えるでしょう。それは『赤竜会』と連合して『蒼亀組』を亡ぼすチャンスの時です。──『黒虎一家』は『赤竜会』のボスの拠点を発見したから一緒に襲撃しようと持ちかけるとか、その逆で『赤竜会』の大幹部以上が『蒼亀組』を襲撃する作戦が進行しているから、一緒に迎え撃とうとか提案が来るのではないかと睨んでいます」


 リューはまるで両者の会談を見て来たかのようにスラスラと話す。


「……確かに、ミナトミュラー男爵の言う通りの作戦なら、俺も前のめりで相手の話を聞き、チャンスだと食いつくかもしれないな……」


 コーエン男爵はリューの意見に自分の首が危うい事を理解してごくりと生唾を飲み込み、冷や汗をかく。


 だが、一番恐ろしいのはその読みをした第三者のリューの存在であったが……。


 コーエン男爵は全面的にリューを信じると決めると、正式に同盟を結ぶ事を書面にした。


 リューはその書類をじっくり読んで内容を確認すると、サインをしてコーエン男爵とがっちり握手を交わす。


「うちの部下をこの『蒼亀組』の縄張りに派遣しても良いですか? 荒らすような真似はさせません。当面の情報収集と相手の動きへの警戒が目的なので。信用してもらう為にそちらの部下と一緒に行動する形でも構いません」


 リューがそうお願いをした。


「……わかった。同盟を結んだ以上、力を借りられるなら魔族の手も借りたいくらいだからな。噂の『竜星組』の兵隊に期待させてもらおう」


 コーエン男爵は驚きの連続からようやく自分を取り戻したように、不敵な笑みを浮かべるとリューの申し出を了承するのであった。

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