第466話 同類の会談ですが何か?(2)

 リュー・ミナトミュラー男爵とコーエン男爵は街長邸において、お互い裏の顔でもって対話する事になった。


 リューは相変わらず竜星組組長である事実は明かさず、コーエン男爵の裏の顔である『蒼亀組』組長に対している。


「──情報元が『黒虎一家』末端幹部の兵隊かららしいが、確証は?」


 コーエン男爵はどっしりと構えると、リューを子供ではなく同業者として威圧するように聞く。


「僕が直接耳にした事に確証がいりますか? それに対して、策を講じておく必要性があるというだけです」


 リューはコーエン男爵の威圧にもどこ吹く風で平然と答えた。


「……うちと『黒虎一家』の関係を割く、離間の計じゃないのか?」


 コーエン男爵は当然疑われる可能性を口にした。


「裏切りが無ければそのままの同盟関係でいいでしょ? 違いますか?」


 リューはコーエン男爵次第だと指摘した。


「……それでも、可能性を考えれば信頼関係に亀裂の一つも入るだろ」


 コーエン男爵が何も知らない相手であるリューを疑うのは当然である。


 少なくとも『黒虎一家』の方が、勝手知ったる相手だからだ。


「裏社会の組織同士で信頼関係が成立するのは利害関係のみにおいてでしょう。それ以外だと特殊かと。──それとも『黒虎一家』はその特殊な相手ですか?」


「……」


 ここまで言われるとコーエン男爵も何も言えなくなった。


 だが、それが事実と信じると『蒼亀組』の立場が一気に危うくなる事を意味する。


 なにしろ出来て日が浅い『蒼亀組』が、勢いに乗る『赤竜会』と互角に渡り合えているのは、古参組織である『黒虎一家』と共同戦線を張ったからだ。


 お互い日増しに勢力を増す『赤竜会』に対して危機感を持ち、同盟を結んだから思いは一緒のはずである。


 それが裏切りとなると自分達はあっという間に滅ぼされる可能性が高い。


 それでは裏から手を回して協力してくれている寄り親のサクソン侯爵にも申し訳が立たない。


 そもそも、『蒼亀組』は東部地方入りして隣国勢力に対する為に動いたサクソン侯爵の案で、今の自分が召し抱えられ、男爵に叙爵された経緯がある。


 表はサクソン侯爵が裏はコーエン男爵が東部地方を押える為にこれまで動いていた。


「……急にこんな事を言われて想定外でしょうが、相手は待ってはくれませんよ。僕の読みでは次に何か大きな出来事が起こるタイミングで『黒虎一家』は動くと睨んでいます。その時が、『蒼亀組』の運命が変わる時かと」


 リューは元々は多くを語るつもりはなかったのだが、コーエン男爵がその才気でもって『蒼亀組』を大きくしてきたのは何となくわかったから、その頑張りについ助言したくなった。


 それにまだ、裏社会に染まり切れていないのも何となく感じており、余計なお世話とは思いつつも話を続ける。


「杯を交わした仲間を信じるのは当然です。それは結構。しかし、上に立つ人間は、時には自分の組織を守る為に全てを疑う事も必要なんですよ。コーエン男爵、最悪の事態を避ける為に策は練っておいてください」


「……ミナトミュラー男爵、あんたは一体何者だ? どこの組織の人間なんだ?」


 リューを同業者として確信したコーエン男爵は自分に肩入れする理由を知りたかった。


 それを知れば、リューの言う事にも説得力が増すと思うのであった。


「……今後、もしかしたらお付き合いがあるかもしれないので、少しだけ明かしましょうか……。──僕は王都裏社会に勢力を持つ『竜星組』の関係者です」


「『闇組織』を食らって出来た、あの!?」


 コーエン男爵が驚くのも仕方がない。


 元々、『蒼亀組』はサクソン侯爵の提案で出来た組織だが、コーエン男爵は設立時モデルにしたのが王都の巨大組織であった『闇組織』であり、そして、現在、コーエン男爵がもっとも参考にしているのが『竜星組』の姿だったのだ。


「ええ。よくご存じで」


 熱心だがそれを抑える理性を持っていそうなコーエン男爵の反応が、意外に良かったので、内心ちょっと驚きつつ頷く。


「……なるほど、だからうちに助言してくれるわけか。『赤竜会』が王都を狙っているのはうちも気づいていた。最近では、『赤竜会』子飼いの兵隊である蜥蜴人族の三人を送り込んだと聞いている……。あいつらの強さは一級品だ。それだけに正面からやり合ったら太刀打ちできないだろうから気を付けた方が良いぞ」


 コーエン男爵の言う蜥蜴人族の三人とは多分、リュー達が倒した三人の事だろう。


「ああ! そう言えばあの三人、東部地方で自分達は有名人だと言ってたね」


 リューは思い出してリーンに声を掛ける。


「尋問でそんな事言ってたわね」


 リーンはリューに応じて言う。


「まさか、ミナトミュラー男爵は奴らと遭遇したのか……? ──よく無事だったな……。奴らの尻尾に付けた鋼の塊での攻撃は初見殺しだから、やり合えばただでは済まなかっただろう……」


 コーエン男爵はリューが無事に済んでいる事を安堵してその危険性を告げた。


「もう、やり合って僕達が勝ったので安心してください」


 リューはニッコリ笑うとコーエン男爵に応じた。


「はぁ?」


 コーエン男爵は思わず上ずった声でリューの言葉に聞き返す。


「今、その三人は、『赤竜会』を抜けて、うちで再教育している最中ですから」


「……本気で言ってるのか?」


 コーエン男爵は信じられないという表情でまたも聞き返した。


「マジです」


 リューはちょっと真剣な顔をして答える。


「……『竜星組』の話は色々聞いてたが、あの三人を倒せるような凄腕も揃っているという事か……。ミナトミュラー男爵、『竜星組』の組長に渡りをつけてもらえないだろうか? 『蒼亀組』組長として、『竜星組』に同盟を申し出たい」


「同盟……、ですか?」


「ああ、『黒虎一家』が万が一裏切った場合、『赤竜会』と同時に敵に回す事になる。その時、背中から刺されたくないからな。王都方面に味方がいればその心配は無くなる」


「──わかりました。その案、お受けします」


「ああ、『竜星組』組長によろしく。うちも必死だからな、承諾してもらえるようミナトミュラー男爵から上手く伝えてくれ、頼む」


 コーエン男爵はそう言うと、いとも簡単にリューに頭を下げた。


 彼もそれだけ必死なのだ。


「いえ、もう伝わりましたよ、コーエン男爵。うちの本家はサクソン侯爵とは直接的な所縁はありませんが、元寄り親であるスゴエラ侯爵が親しくしておられる方でもあります。これも何かの縁でしょうし、その申し出、『竜星組』組長であるこの僕がお受けします」


「……? ──……え? エエエエェェェー!?」


 防音完備の応接室にコーエン男爵の驚く声が響き渡るのであった。

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