第465話 同類の会談ですが何か?(1)
コーエン男爵領、領都コーエンの街。
男爵領だからさほどの大きさではないから、警備隊の者が上に報告に行ってからリューの元を関係者が訪問するまでにはそこまで時間を要さなかった。
リューの目の前に現れたのは、日焼けして精悍な顔つきの男で、年齢は三十五歳くらいの高身長である。
上半身はシャツ姿で、先程まで何かしていたのか汗をかいていた。
「それで、男爵殿とやらはどこだ?」
と男はタオルで汗を拭いながら案内された部屋に入って来ると、リューが目の前にいるにも拘らず、警備兵に確認する。
「目の前の少年の方が、男爵様です!」
警備兵は自分に下される罰を恐れて悲鳴に近い声でその若者に知らせた。
「この少年が? ……確かに男爵の記章がある……、な。──これは失礼した! 私はこの街の統治を任せられているコーエン男爵だ。うちの警備兵が男爵殿を勘違いして捕縛したとか。その件についてはお詫びする。すまなかった。──それで貴殿は……?」
コーエン男爵は名前を聞きそびれたのか、それとも聞いても覚えなかったのかリューの名を確認する為に聞いて来た。
「ミナトミュラー男爵です。初めまして。こんな形ですが、お会いできて光栄です。コーエン男爵」
リューは礼儀正しく、会釈する。
その後ろでリーンも一緒にだ。
「……ミナトミュラー男爵は独特な雰囲気をお持ちの方だな。……ふむ。うちの街の顔役の一人が男爵と揉めたと聞いたが、事実ですか?」
コーエン男爵は、報告通りなのか事実確認をしようとした。
「その方の事務所に連れて行かれそうになったので、拒否して揉めたというところです。でも、こちらは無傷ですのでご心配なく」
これはもちろん、軽い皮肉である。
リューの予想通りなら、その顔役はこのコーエン男爵と親しい間柄のはずだ。
そうでないとこんなに早く、格好も気にする事無く急いで現れるわけがない。
「……連れて行かれそうになった理由に心当たりはありますか?」
コーエン男爵は余程、顔役に信頼を寄せているのか男爵相手の揉め事でも顔役を一方的に悪者にする気配なく、原因を確認する。
「その顔役の方に、たまたま僕が知り得た情報を提供したのですが、それを信じてもらえなかった事が原因でしょうか」
リューはまた、ちょっととぼけた雰囲気で事実を告げた。
「……情報? その情報とは?」
コーエン男爵はすました顔ながら街の顔役が目の前の男爵を連行しようとした事に全く理解が出来ない様子であった。
「それは、その顔役の方からお聞きください。僕から話せる内容ではないので」
リューはこの街の領主であるコーエン男爵相手にもかかわらず、質問に応じない。
まぁ、内容が裏社会のものだから、この場で話せるわけもないのであったが……。
「……カゲンは今どこだ? コーエン男爵が説明を聞きたがっていると伝えてくれ」
傍に居た警備兵にそう伝えると、
「それなら、すでに応接室に呼んであります」
と応じた。
「そうか。──ミナトミュラー男爵、あちらの言い分を聞きたいのでちょっと失礼しますがよろしいですかな?」
コーエン男爵はもう、顔役であるカゲンの元に行く気であったから、リューは快く応じるのであった。
しばらくすると、コーエン男爵が今度はシャツ姿から上着をちゃんと羽織って戻ってきた。
「お待たせした、男爵。……今回の揉め事だが、できれば内々で収める事はできないだろか?」
コーエン男爵は奥歯にものが挟まったような口調でお願いしてきた。
その対応でリューは確信した。
それは情報を顔役であるカゲンから聞いたからだろうと容易に想像できたからだ。
裏の顔を持つカゲンが、裏の情報を普通の領主に話すわけがない。
しかし、それを話すという事は、このコーエン男爵が裏社会に関りがある人物だと言っているようなものである。
つまり、カゲンの上の人間とはコーエン男爵の事であり、コーエン男爵は『蒼亀組』の幹部もしくはボスだろう。
会ってみた感じではコーエン男爵は貴族よりも、裏稼業が似合いそうな雰囲気を持っているから、『蒼亀組』の組長だろうと予測するのであった。
「話を両者間で収めるのはいいですが、彼の上司と詳しい話を出来ますでしょうか、コーエン男爵」
リューは含みを持たせて言う。
まんまとリューの策で関係者である事を見抜かれたのをリューの言い方でコーエン男爵は気づき、一瞬しまったという顔をした。
そして、
「……わかりました。お二人には街長邸に案内させてもらいます」
と言うと、先程までの貴族としての和やかな表情は消え失せ、また、鋭い精悍な表情に変わると街長邸へとリューとリーンを案内するのであった。
「──それで、お二人の目的はなんですかな?」
街長邸の応接室でコーエン男爵は、リューが持ち込んだ情報が事実かどうかよりも、その情報を基にリューが何をしたいのかを駆け引き無しに率直に聞いた。
「……そうですね。強いて言うなら東部地方裏社会の安定でしょうか?」
リューはざっくりと目的を告げた。
「……ミナトミュラー男爵は、ランドマーク伯爵家の与力貴族だと聞いています。その男爵がなぜ東部地方の裏社会などに興味を持つのかわからないですな」
コーエン男爵はリューの返答に警戒心を持って疑問をぶつけてきた。
「あなたは自分の庭に他人が土足で入って来たら、注意しませんか? そして、そんな失礼な連中と敵対する者は、僕にとって味方だと思っています。──だから困るんですよ、その味方が失礼な連中に足を掬われるのは。違いますか? 『蒼亀組』組長殿」
リューは敢えてまだ憶測でしかないコーエン男爵の裏の顔をずばり指摘して本題に入った。
目の前の少年の鋭い目とその言葉に、ただの貴族ではなく、裏社会の関係者だとすぐにコーエン男爵は悟った。
そして、自分の裏の正体が完全にバレている事も認めるしかない事も悟る。
「……それでは腹を割って話をさせてもらおうか、ミナトミュラー男爵」
コーエン男爵は襟元のボタンを外すと、口調が変わるのであった。
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