第463話 同じ匂いを感じますが何か?

 リューとリーンは数日の間を置いて、休日の朝、東部地方に『次元回廊』を使用して訪れていた。


 最後に訪れていたのは、サクソン侯爵の与力である男爵領コーエン領都手前の街道である。


 そこから、サクソン侯爵領を目指すのかというと、リューはこの治安が良さそうなこのコーエン男爵領を少し見て回りたいと考えていた。


「それじゃあ、コーエン領都に入って」


 リューは御者にそうお願いする。


 御者も前回のリューの言葉をちゃんと覚えており、承知したとばかりに領都に向かう。


「──この一帯の裏社会を縄張りにしているのは多分、『蒼亀組』でしょ?それならばサクソン侯爵の領都に本拠点がある可能性が一番高いわ。ここで道草食っていていいのかしら?」


 リーンが当然の疑問を口にした。


 今は早く『蒼亀組』と接触を果たし、現在同盟関係を結んでいる『黒虎一家』の裏切りの可能性を知らせなければならないからだ。


「現在の三勢力の情勢はここまでくる間に入手した情報からある程度把握できているし、もし、裏切るタイミングを『黒虎一家』が計っているとしたら、決定的な止めをさせるような絶好の機会を選ぶはず。それは多分、『赤竜会』への大きな反転攻勢を行う時か、『蒼亀組』と『黒虎一家』が大きな会合を開く時とかだと思うから、情報の限りだと今は大丈夫だと思うよ」


 リューは冷静にそう分析すると今回は表の世界について、話を切り替える。


 二人がそんな話をしている間に、馬車はコーエン領都に入っていた。


「リーン、この領都に入ってみて気づく事ない?」


 リューがコーエン男爵領の街道で少し感じていたものを、領都に入ってから同じように感じて、確信したようにリーンに質問した。


「気づいた事? ……そうね。なんだかどことなくマイスタの街に雰囲気が似ている気がするわ。活気がありながら穏やかな雰囲気……、とても治安の良さが感じられるわ。──それでいて私達への鋭い視線……。これは余所者への強い警戒心からかしら?」


 リーンはリューの質問にその感性の鋭さを発揮してリューが聞きたい事に対して正確な回答をした。


「さすが、リーン。僕も同じ事を感じたよ。自分のところの街を自画自賛するようだけど……、うちの街がここの街を発展させた感じかな。でも、ここも他と比べてもかなり良い街だと思う。かなりいい線いってるよね。そして余所者に対する警戒心。現状での派閥間の争いや裏社会における抗争を考えると余所者を警戒するのは頷ける事。治安の良さもそういうところかな」


 リューはこの領都を治めるコーエン男爵にかなりの好感を持ったのか高い評価を付けた。


「リューにそこまで言わせるなんて、この街の領主も中々やるわね」


 リーンがコーエン男爵を褒める。


「じゃあ、とりあえず、この街でも裏通りを歩いてチンピラに絡まれるかやってみようか。情報も欲しいし」


 リューはそう言うと御者に適当なところで降ろしてくれるようお願いした。


 すると、御者はすぐに歓楽通りの傍でリュー達を降ろして待機する。


 そして、リューとリーンは楽しそうに馬車を降りるとまっしぐらに裏通りへと入っていく。


 そこは、賑わいのある通りからは想像できない程静かで、チンピラがたむろしていた。


 さすがにいくら治安が良い街でも裏通りまでそう都合よく安全とはいかなそうである。


 すぐにチンピラが数人、こちらに気づいて近づいて来た。


「おい、小僧にエルフのお嬢ちゃん。ここがどんなところか知っていて入ってきているのか? ──うん? 見る限り余所者か……。おい誰か、こいつらからお金貰って表通りの道案内をしてやれ」


 チンピラのリーダーらしき男はリュー達から恐喝するのかと思いきや、安全を考えて観光の手伝いをしようとする。


「あれ?」


 リューもこれには思わず気を削がれた。


「へー。竜星組うちみたいな対応してくるわね」


 リーンもこの対応に目を見開いて感心する。


「なんだ? 金持ち風の格好している割に俺達に怯えないな……」


 チンピラのリーダーはリューとリーンが違う意味で驚いているのには気づいたが、普段自分達に対する怯えた反応と違うので、少し戸惑っていた。


「……もしかしてみなさんは『蒼亀組』関係者ですか?」


 リューはカタギではないだろうこの集団がもしかしたら『蒼亀組』直系の組員ではないかと思って質問した。


「……あー?この街は蒼亀組のシマだ。それが悪いか?──あまり、俺らに興味を持たない方が身のためだぞ?」


 チンピラのリーダーはリューを子供だと思って脅しがてら警告する。


 その内容はとてもリューとリーンを気遣っているものであったが。


「ではその『蒼亀組』の組長に伝言を頼めますか?」


「伝言だと?」


 チンピラのリーダーは、脅しに全くビビらないリューとリーンにまたも戸惑いながら意外な反応に聞き返した。


「はい。僕達は旅の途中で『黒虎一家』のシマを通過して来たのですが、その途中で不穏な噂を耳にしました。それは同盟関係の『蒼亀組』をどこかで裏切るというもので、それが事実なら『蒼亀組』は『赤竜会』と『黒虎一家』を同時に相手にする事になるので気を付けて、とお伝えください」


「なんだと!? ちょっと、待て! ……その出処は? 信憑性がよくわからない噂話を上には伝えられないぞ!?」


 チンピラのリーダーはその内容の重大さにすぐに気づいてリューに確認を要求した。


 お、この人、ただのチンピラのリーダーじゃないな? やっぱり、蒼亀組直系の組員かな? それとも上層部関係者?


 リューはチンピラのリーダーの反応に他のチンピラとは違うものを感じた。


「情報元は、『黒虎一家』直系幹部の兵隊です。全てを鵜呑みにしろとは言いませんが、警戒は怠らないでください」


 リューはこのチンピラのリーダーの判断を信じて情報元を開示した。


「……直系幹部の兵隊……、だと? ──お前は誰だ。ただのガキじゃないだろう。返答次第では、うちの拠点に連れて行く」


 チンピラのリーダーそう宣言すると、他のチンピラにも緊張が走って二人を取り囲むように動く。


「……それはやめておいた方が良いと思います。こちらは善意の情報提供者です。扱いには気を付けてください」


 リューはそう応じると、裏社会の暗黙のルールの一つである実力行使を示す姿勢を取るのであった。

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