第462話 国が割れるところでしたが何か?

 ランドマーク製スイーツ専門店貴族地区第一号店は、その高い価格設定にも拘らず、その品質の高い商品からサービスに至るまで、客層である貴族やお金持ち達を十分に満足させるものであった。


 その中で異彩を放っていたランドマークブランド渾身の逸品、『ランドマークケーキ』は他の商品と比べると価格設定が低かった事から、高級志向の貴族達は当初注文を躊躇っていたのだが、誰かが絶賛する事により、それに釣られて注文が殺到、絶賛の嵐になった。


 結果的にお客はみな、『ランドマークケーキ』をまず注文するのが必須という口コミがあっという間に広まり、それに合うのがランドマーク製高級ブレンドコーヒーだ、とファンの間では常識として浸透するのであった。


「『ランドマークケーキ』か……。おかしいのう……。私のところにはそんな報告は上がって来ていないが?」


 王宮の一室で一人の男が傍に居た老紳士に不満を漏らした。


「……陛下には第三王女殿下という情報網があるではないですか」


 陛下と呼ばれた男性はこの国の王、クレストリア国王であり、傍でそう答えたのは一緒にお昼休憩を取っていた宰相であった。


「エリザベスからもそんな話は聞いていないぞ?ランドマーク伯爵の倅は、娘にお土産として持たせる気が無いのか?」


 国王は臣下達の間で開店したばかりのランドマーク伯爵のスイーツ専門店である貴族地区第一号店が噂になっている事を数日遅れで知ることになり、不満たらたらであった。


「私は先日王女殿下から、『友人のところで美味しいスイーツを頂いた』と嬉しそうに語っていたのを聞いていますが?」


 宰相は意地悪な言い方で国王を茶化す。


「それなら儂も聞いているわ! ……それが、これの事だったのか!?」


 国王は宮女が手にしていた『ランドマークケーキ』の絵が描かれた広告チラシを机に叩きつけると興奮気味に宰相に問い質す。


「そういう事かと……」


「エリザベスもちゃんと詳しく教えてくれれば良いものを……。──宰相、ミナトミュラー男爵が娘を介して儂宛てにこのケーキを献上してくれるのを待っているわけにはいかぬ……。こんな時の為の国家権力だ。すぐにでも入手してくれるな?」


 国王は冗談なのか本気なのか、宰相に国王命令を下そうとした。


「陛下……、さすがにそれは公私混同が過ぎますよ?」


 宰相は苦笑して国王に注意する。


「儂がランドマーク製のスイーツを好きなのは知っているであろう? ──入手せぬなら、儂は午後の政務を放棄するぞ……?」


「……陛下、大人げないですぞ? ──官吏! 先程の品をこちらに!」


 宰相は国王に午後の政務を放棄されるのは、さすがに困るとばかりに呆れると、突然官吏を呼ぶ。


「失礼します!」


 官吏が両手に収まる大きさの白い厚紙で出来た箱を慎重に持って室内に入ってきた。


 官吏は宰相にその箱を緊張した面持ちで慎重に渡す。


 どうやら、宰相から丁重に扱うように厳重注意を受けているようだ。


「……これは、私が腹心を使って今朝入手させたものです」


 宰相は他に聞かれたくないのか声を落とし、国王の前にその紙の箱を慎重に置き、蓋を開けながら語る。


「……先に言っておきますが、宰相である私でさえ、限定という事で例のものは一つしか入手出来なかったのですぞ」


 宰相は溜息を吐きながら苦労を説明した。


 その中身は、この後密かに一人で食べる予定であった、一人一個が限定である『ランドマークケーキ』と、他のケーキ二つであった。


「おお!? これが今噂の『ランドマークケーキ』か! ──宰相、お主、これを入手する為に権力を乱用したのであるまいな?」


「何をおっしゃいますか!(乱用しようとしたの陛下でしょ!?)私の部下に買いに行かせただけですよ! 私が給料を払っている部下に買いに行かせるは問題無いでしょう?」


「……そうか。──それで、これを儂に売ってくれるのか?」


「……この『ランドマークケーキ』は陛下に差し上げますよ。私は他のケーキで我慢します……。政務が滞るのは困りますから」


 宰相は溜息を吐くと英断を下した。


「宰相……。やはり、儂が見込んだ男よ、見事な判断だ! ──よし、それでは半分ずつ食べようか」


 国王は突然そう言うと、ケーキにナイフを入れて半分にし始めた。


「へ、陛下!?」


「誰にも言うでないぞ? 一国の王が、小さいケーキを宰相と半分ずつ分けあったと知れると醜聞が過ぎるからな。わははっ!」


 国王はそう答えると、半分にしたケーキを皿に置いていく。


「それでは『コーヒー』は私が淹れ直しますね」


 宰相は給仕も外に出していたから、ティーセットを自ら準備する。


 慣れた手つきだ。


 こうして国王と宰相との間に思わず亀裂が入る事態は避けられたのであった。


 この後、国のトップ達が『ランドマークケーキ』を絶賛したのは休憩室内の秘密である。



「そう言えば今朝、新店舗の方に、宰相閣下の馬車が来てたみたいよ?」


 リーンが執務室で書類に目を通しているリューに報告した。


「宰相閣下の!? ──それで!?」


 背後のリーンからの驚く報告にリューは振り返って説明を求めた。


「部下らしい人が、一人一個限定の『ランドマークケーキ』と他のケーキ数個を、並んで買って帰ったって。本当は『ランドマークケーキ』を二個欲しがってたみたいだけど、あちらも宰相の名を出さなかったから、『気づかないフリしたけど良かったのでしょうか……?』と、従業員達が心配していたわよ」


「二個……。もしかして、陛下の分も買おうとしていたのかな……? 明日、放課後にでも、念の為リズへいくつか渡しておこう」


 リューは知らない。


 そのケーキのせいで午後からの重要な政務が放棄されかけた事を。


 その中には国王と北部地方最大派閥の長、サムスギン辺境伯との面会も含まれており、国王と宰相の不仲だけでなく北部地方に不穏な影を落とす一歩手前であった!……かもしれない。


 もちろん、国王と宰相が半分こした事で午後からの国王の政務は滞りなく行われ、国家を二分する事態は避けられたのである……。多分。

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