第461話 開店ですが何か?

 ある日の平日。


 学校を休んでリューとリーンは、とある場所に来ている。


 それは、ここ最近日課になっている東部地方馬車の旅でもなく、それさえも一旦休止して貴族地区に準備していたスイーツ専門店のオープンに駆け付けていた。


 この日は父ファーザも本領から駆け付けている。


 お店の室内から窓ガラス越しに外を眺めると、貴族の情報網なのか沢山の馬車が用意された駐馬車場に並び、店頭には貴族の使用人によって行列が出来ていた。


 中には使用人ではなく貴族本人が並んでいる。


 そう貴族は使用人にギリギリまで並ばせておいて、オープン間際になると馬車に待機していた貴族本人が使用人と代わるのだ。


 だから貴族本人が最初から並んでいるのは、ランドマーク製スイーツの熱狂的なファンなのかもしれない。


「まだ少し時間があるが、どうするリュー?」


 父ファーザが外の行列にランドマークビルオープン以来の緊張感に耐え切れなくなったのかリューに聞く。


「大丈夫だよ、お父さん。みんな馬車内から店内の動向を窺っているはずだから──」


 リューは店内の窓越しに駐馬車場内の馬車の小窓から貴族達がこちらを窺っているのを感づいていた。


「──それに従業員もオープン準備でギリギリまで働いてくれていたから、このひと時の時間で休憩してもらって改めて集中力を高めてもらわないとね」


 そう言うと、店内でやれる事は全てやったと自信に溢れる従業員達が整列して待機している。


「──うむ、そうだな。それでは一応、時間通りに扉を開ける為に私は表に出て挨拶してくるか」


 父ファーザがそう言うと、出入り口付近に歩いていく。


 するとそれがタイミングだと思ったのだろう、駐馬車場に止まっている馬車の扉が次々に開けられ、貴族達が出て来ると、行列に並ぶ使用人と代わり始める。


 みんなオーナーである父ファーザの店内での動きを観察していたようだ。


「うわっ! 行列に上級貴族が混ざっている!?」


 リューは使用人と代わって先頭に並んだ貴族が、以前のパーティーで見た事がある人物ばかりだった事に驚いた。


 そう言えば、パーティーでもこのお店のオープンを匂わせておいたんだっけ……。


 リューが以前のパーティーでサムスギン辺境伯に対して大立ち回りした事があり、そこで宣伝めいた事はしておいたのだ。


 だが、まさかちゃんと覚えていて、それだけでなく行列に並んでくれるほどとは……。


 リューはそれを思い出し呆れ気味であったが、その貴族達にしてみたら北部の最大派閥の長に一歩も引かなかった、まだ十三歳の男爵であるリューの立ち回りに度肝を抜かれたし、その実の親であるランドマーク伯爵家の評価もさらに上がっていたから今後の付き合いも兼ねて並ぶのだ。


 なにしろ最弱派閥の長とはいえ、数年前までは騎士爵家であり、そこから驚異の出世を遂げ、派閥の長にまで成り上がったのである。


 そのサクセスストーリーは貴族にとっては成金上がりと軽蔑してもおかしくないところではあるが、その息子の豪胆な振る舞いをパーティーで目の当たりにしていて、さらには親子で『王家の騎士』という称号まで授与されている事まで知ったら、近づかないという選択肢はないだろう。


 だから打算で並んでいる者が多いオープン初日ではあったが、それもお店自慢のスイーツを食べるまでの時間である。


 父ファーザがオープン前の口上を簡単に店頭で行うと行列の人々が拍手喝采を送る。


 異様な盛り上がりにリューとリーンも目を見合わせて「どういう事……?」だろうと、呆然としたが盛り上がらないよりは全然いいだろう。


 父ファーザがオープン宣言をするとそれに合わせて従業員達が扉を開けた。


 行列の先頭は最初から使用人ではなく自身で並んでいた貴族だ。


 記憶が正しければランドマークビルの方にもよく訪れているなんとか子爵だったと思う。


 明け方にはすでに並んでいたから、本気のファンだろう。


 そのなんとか子爵は、お店の一番奥の角の席に座りたいと従業員に告げて案内される。


 そして、席に着くとすぐ、お勧めを従業員に確認した。


 それからすぐに、飲み物に『コーヒー』、そして、今回のお店の売りであるお勧めのコーヒーチョコケーキ、通称『ランドマークケーキ』をなんとか子爵が注文した。


 淹れ立ての『コーヒー』と『ランドマークケーキ』がほとんど待たせる事なくなんとか子爵の元に運ばれて来る。


 従業員は言葉遣いからその所作に至るまで十二分に訓練を受けており、なんとか子爵もその完璧な接客態度に「おお……、エレガントだ……!」と感心する。


 そして、目の前に出されたお店一押しの『ランドマークケーキ』になんとか子爵は再度驚く。


 見た目はチョコ一色に金粉が乗せられただけのシンプルさであるからだ。


 しかし、鼻腔をくすぐるのはランドマーク自慢のコヒン豆を焙煎した香り。


「……それでは一口──」


 なんとか子爵はそのケーキをフォークで一口大に切り取り、口に運ぶ。


「こ、これは!? ……美味いのは当然だが、なるほど……! このケーキに『ランドマーク』と名付けている意味が分かった! なんと美味しく、そしてランドマーク伯爵の功績を顕した素晴らしいケーキだろうか……!」


 と、人目をはばからずその美味しさを絶賛した。


 どれを注文しようか悩んでいた他のお客はそれを当然ながら静かな店内で耳にする。


 メニューの絵では『ランドマークケーキ』は地味だったので、それを避け、個性的なスイーツを頼もうとしていた貴族もその言葉で手が止まった。


「……では『ランドマークケーキ』と、『コーヒー』を」


「こちらも同じものを」


「……よし、追加で『ランドマークケーキ』も頼もうか」


 貴族達はなんとか子爵の絶賛する言葉を無視できず、次々に『ランドマークケーキ』を注文する。


 そして、そのケーキを口にすると、「おお!」とか、「こ、これは!」とか、「やるな、ランドマーク伯爵……!」と静かに絶賛する声が店内に各席で漏れ聞こえてくるのであった。


「シックなデザインの見た目に注文を避けていた貴族が一気に注文して評価してくれているわね」


 リーンが、一人のなんとか子爵の絶賛の一言から、お店一押しの『ランドマークケーキ』の注文に繋がった事を喜んだ。


「本当だね。あのなんとか子爵のお代は僕が支払いたいくらいだよ」


 リューは名前も憶えていない子爵に感謝する。



 そのなんとか子爵はというと……。


「……さすが、私がずっと追いかけてきているランドマークブランドだな……。思わず、このランドマーク伯爵家成功の全てが凝縮されたと言ってもいい逸品に興奮してしまった……。──おっと、ナントカーン子爵家当主として少し品が無かったかもしれない……。大人しく他のスイーツも頂こう……」


 ナントカーン子爵はそうつぶやくと、従業員を呼んで追加で他のスイーツの注文をはじめるのであった。

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