第460話 均衡が崩れるかもしれませんが何か?

 新たな情報を得たリューは、リーンと共に東部地方南東地域一帯に勢力を持つ『黒虎一家』の縄張りを出て、西地域の『蒼亀組』の縄張りに馬車を走らせた。


「東部地方西地域も、サクソン侯爵派閥なのよね?」


 馬車に揺られながら、リーンが同乗者である主人のリューに聞いた。


「そうだね。というかサクソン侯爵派閥の長であるサクソン侯爵領は今向かっている西地域にあるからお膝元になるかな。裏社会の『蒼亀組』はそのサクソン侯爵領都に拠点を置く勢力らしいのだけど、『赤竜会』『黒虎一家』と比べたら一番小さい勢力になると思う」


「そうなの? 派閥の長の領都に拠点があるのなら、もう少し勢いがあっても良さそうだけど?」


「普通はそう思うところだよね。ただ、この東部地方においてはサクソン侯爵は中央寄りの領地から転封してきた新参者で、派閥も移転して来てから出来た新興勢力なんだ。それ以前からある裏社会の勢力は『赤竜会』と『黒虎一家』が二強で、そこに徐々に力を付けてきた『蒼亀組』が三強時代に名乗りを上げた感じかな」


「それでも、一番小さいんでしょ?」


 リーンが身も蓋もない指摘をする。


「うん。だからこそ、『黒虎一家』と手を組んで、勢いを強めつつあった『赤竜会』に対抗する立ち回りで均衡を保っているんだ」


 リューは『蒼亀組』を評価するように言う。


「なるほどね。だからこそ『黒虎一家』が『蒼亀組』を『赤竜会』と手を組むという可能性をリューは恐れているのね」


『黒虎一家』の縄張りでチンピラから入手した情報で、その裏切りの可能性をリューがいち早く気づいた事をリーンは指摘した。


「そういうこと。あの時のチンピラのボスが言ってたのは、抗争が早く終わる可能性を指摘していたからね。『黒虎一家』が『蒼亀組』を裏切ったらただでさえ『赤竜会』の勢いが凄いのだから、三勢力で一番小さい『蒼亀組』は瞬く間に飲み込まれてしまうと思う」


 リューの想像通りなら、三勢力によって均衡を保っていた東部の裏社会は一気に『赤竜会』の天下になるだろう。


『黒虎一家』はその後どう立ち回ろうが、ゆくゆくは『赤竜会』の勢いに飲まれていずれ消滅するしかない。


『黒虎一家』にしたら、生き残る為の選択として強い側に付くのだろうが、三勢力の均衡が崩れたら消滅するまで時間を要さないだろう。


 その辺り、上層部が読めていないのなら、『黒虎一家』はもう駄目かもしれない。


 そして、その『赤竜会』は王都を虎視眈々と狙っている事はわかっている。


 そう考えると東部地方は大抗争状態から一気に一つにまとまり、その巨大勢力が王都に流れ込んでくる図式である。


『赤竜会』の背後にはシバイン侯爵派閥がいるとも言われている。


 そのシバイン侯爵派閥の背後にはさらにそこへ資金提供している大きな存在があるのではないかとリューは見ているから、王都最大の組織である『竜星組』でも、そんな不気味な勢力を単体で迎え撃つのは困難だろうと睨んでいた。


「……リューはこの流れを放置していたら、王都に進出してくるのはどのくらいだと思っているの?」


 リーンが最悪の場合の想定を聞いた。


「あっちの王都進出はすでに東部の裏社会統一と同時進行でやっているみたいだからなぁ……。下手をしたら数か月以内にはうちと衝突する事になるかもしれない。僕達はそれを避ける為に、この三勢力の均衡を保たないとね」


 リューがそう決意を口にすると、御者から馬車内に声が掛けられた。


「若様、サクソン侯爵領内に入りました」


「早かったね、ご苦労様。領都まではあとどのくらいかかるのかな?」


「厳密に言うとここはサクソン侯爵与力のコーエン男爵領になるので、まだ、数日は掛かると思います」


「与力貴族の領内か……。その割に街道もよく整備されているようだし、治安も良いのか夜なのに人が外を出歩いているね」


 リューは馬車の窓から夜の外を覗いて見て率直な感想を漏らした。


「ええ、領境の兵士の対応も良かったですよ。夜に移動する馬車なんて何かと疑われてもおかしくないんですが、ランドマーク伯爵家所有の馬車証明書を見せたら常駐している鑑定士が確認してくれてすぐに通してくれました」


 御者はリューとリーンが馬車内で熱心に話し込んでいる間の事を報告してくれた。


「他の貴族領では馬車内チェックがしつこかったものね」


 リーンがこれまで経験した検問所を思い出して嘆息交じりに応じる。


「それも与力の男爵領でこの対応かぁ。サクソン侯爵って評判ではかなりの好人物らしいけど噂以上かもしれないね」


 リューも同じ与力として自負があるが、この男爵領の兵士の対応や治安の良さそうな雰囲気、整備された街道の良さを考えると寄り道してみたくなった。


「このまま、突っ切って侯爵領を目指したいところだけど、今日はここのコーエン男爵の領都に寄ってから、帰ろうか。明るい時にもう一度、コーエン領都も見ておきたいし」


「わかりました。さすがに夜も遅いので今日は領都には入れないと思いますから、その手前までは行きますね」


 御者はリューの考えに理解を示すと、馬にムチ打ち、ランドマーク製の馬車を疾走させるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る