第457話 象徴ですが何か?

 テスト後最初の休日。


 リューはこの日、ランス達隅っこグループの面々に新作スイーツを奢る事になっていたから、連日の東部地方での移動を一旦休んでみんなを新店舗に招待していた。


 新店舗というのは王都にある貴族地区に準備していたスイーツ専門店の事である。


 建物のデザインは以前南部で王女リズ一行との旅でリューの命を狙ってきた芸術家イッセンに任せていた。


「へー。貴族地区の店舗だと聞いたから、派手な建物かと思っていたけど、控えめなデザインだな」


 ランスが歯に衣着せぬ物言いでリューのお店の第一印象を告げた。


「……でも、周りが派手な建物ばかりだから、逆に目立つよ?」


 シズが指摘した通り、貴族地区の店舗はどこも、隣に負けじと競争するように派手な建物が多く、正直、似たり寄ったりであった。


「そうね。このくらい落ち着いた雰囲気のお店の方が、この貴族地区では高級なイメージになりそう」


 王女リズもシズに同意して頷く。


「ボクも通りの店舗の派手さの中でこのお店のシックさは異彩を放っていて良いと思う……」


 友人からの初めての招待という事でラーシュは内心ドキドキしながらも、自分の感想を漏らした。


「みんなわかってるじゃない!」


 友人達の肯定的な意見にリーンは嬉しそうに頷く。


「まぁ、建物の評価はそれくらいにして、中に入ろぜ!」


 ランスは普段、休日や放課後は親の手伝いばかりで、意外に友人達との付き合いは良くはない。


 だから、みんなを介しての集まりが楽しそうであった。


「そうだね。じゃあ、みんな中にどうぞ」


 リューが、まだオープン前の店内に友人達を招待する。


 店内は外装と同じようにシックなデザインで「ひと時の休息」をテーマにしており、落ち着いた時間を過ごしてもらえるようにと従業員にも控えめな接客を指導していた。


 と言っても客層は、貴族相手だから商品のデザインは独創的で派手になっている。


 全員が、従業員の誘導の下、席に着くと早速、その派手なスイーツの新作がテーブルに運ばれてきた。


「……わぁ!おいしそう……!」


 とランドマーク製のスイーツにはとてもうるさいシズが見た目の感想を漏らす。


「店内がシックだから、スイーツを独創的にしているのかしら?」


 王女リズが目に飛び込んできた衝撃の強い独創的なスイーツの数々に驚く表情を見せた。


「ここは、スイーツ専門店だからね。店内は控えめにしてリズの指摘通り、主役であるスイーツがお客さんにインパクトを与えられるようにしてみたよ」


 リューの言う通り、チョコや飴の細工がなされたものがスイーツの上に乗っていたり、鮮やかな果物やクリームなどでスイーツが彩られていた。


「これは、貴族相手のスイーツだから付加価値を付けて高級なイメージを付ける為のデザインだな」


 シズの幼馴染のナジンが、一つ一つのスイーツを観察してそう指摘する。


「はははっ、さすがナジン君、正解! 基本はランドマークビルの喫茶『ランドマーク』で扱っているスイーツの改良版なんだ。だから味は間違いないよ。一押しの新作は最後に出すからこれらもみんなで味わって」


 リューはそう言うと、食べるように促した。


 なぜ、旧作の改良版も出したのかと言うと、新メンバーであるラーシュの為であった。


 ラーシュにとっては全て初めてのものばかりのはずだから、リューとしては代表作の数々をこの新たな友人にも味わってほしかったのだ。


 案の定、ラーシュは見た事もないスイーツの数々に目を輝かせ、兎人族のその特徴的な耳もピンと立たせて興奮しているのがわかる。


 王女リズ達の手前、ラーシュは焦らないように、丁寧に食べる事を心掛けつつ、一口頬張るごとに、幸せな顔をしていた。


 ランスやスードは「うまい!」と言いながら、がつがつと次から次に口にスイーツを食べていたから、気を遣う必要もなさそうであったが、ラーシュにとっては裏社会からはかけ離れた初めての世界で、初めての交友関係、初めての招待、初めてのスイーツの数々と初めて尽くしだったから、まだ、少し気を遣うのも仕方がないのかもしれない。


 わいわい騒ぎながら楽しい時間は一時続いた。


 イバルは関係者なので、澄ました顔で何も言わずスイーツを食べていたが、そこにリューが指をパチンとならして、従業員が新作を運んでくると、それには反応した。


 どうやら、イバルも新作については何も知らないようだ。


 従業員が運んできたのは先程までの独創的で派手なデザインとは一線を画した真っ黒の見た目の地味なデザインのケーキであった。


 見た目はチョコでコーティングされ、その上には金粉が少しアクセントとして乗せられているだけだ。


 それが、みんなの前に置かれて行く。


 すると、そのケーキからコーヒーのいい香りがしてくる。


「こ、これはコーヒーのケーキ……!?」


 先程までの無口ですまし顔だったのが嘘のように、イバルが最初に口を開く。


「ふふふっ。イバル君もこれはまだ、味わってないもんね。──このケーキはランドマーク家を象徴するケーキなんだ。その名もランドマーク特別製『コーヒーチョコケーキ』だよ。上品なコーヒーの香りとしっとりとしたチョコ入りの生地にカスタードも入っているダークな苦みと甘さの融合を味わってください」


 リューは自信満々にそう言うと、全員に勧める。


 このスイーツは、ランドマーク家の象徴である『コーヒー』と『チョコ』を使用したスイーツを看板商品として職人達と開発を進めていたものだから、自信満々なのも頷けた。


「ほろ苦いチョコと鼻を抜けるコーヒーの香り、そしてそれらのバランスをうまく取っている甘いクリーム……、これは美味しい……!それに、この食感は、クルミン!?」


 イバルが一口ケーキを口に入れると、衝撃を受けたように目を見開いてリューに問いかける。


「正解! しっとり食感の中に変化を与える為、クルミンを刻んで入れてみたんだ。あと、隠し味にお酒も少々入ってるよ」


 リューの説明を聞きつつ、みんな美味しいと言いながらケーキを頬張っていく。


 誰もが満足そうな表情で味わう姿を見てリューは満足すると、自分もそのケーキを頬張り、その出来に満面の笑みを浮かべて味わうのであった。

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